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「こうして普通のビールを飲めるとは、しかもあかりと飲めるとは思わなかったな」
「どういうこと?」と聞くと彼は極まりが悪そうに、でも答えてくれた。
「あかりと別れたから今の自分があると思うんだ。あの時、四回生だからって就活して、とりあえず内定決まったけど、どこか納得いっていないところがあったんだ」
それは知っている。本当に入りたい分野には行けなかった彼はあの頃電話で相談してきた。大学に行ったことがなくてすでに働いている私からしたら彼の悩みはぜいたくなもので、素っ気なく返してしまったから二人の距離は実際の距離よりも遠く離れていった。私はそのことをずっと後悔していた。もっと励ますような言い方があったのではないか。悩んでいる彼にもっと寄り添えることはできたんじゃないか?
私が彼との距離を作ってしまった。しかし、そう思っていたのはお互い様だったようだ。
「あの時、あかりも仕事始めたばかりで色々大変な時に他人の悩みを聞く余裕なんてなかったよな。すでに社会人になっていたあかりからしたら、俺の悩みなんか子供の言い訳みたいなもんだったよな」
何を返せばいいか分からない私の代わりに彼は話し続ける。
「だから、俺もやりたいことに挑戦しようって思ったんだ。本当にやりたいこと。高校の時に将来を決めていたあかりのように。でも、これはあかりと別れたからできたことなんだ。きっとあかりと付き合い続けていたらあのまま会社勤めをしていたと思う」
それが悪いわけじゃないんだけどな、と苦笑する彼の前にコンロが置かれて野菜や鶏肉のぎっしり詰まった鍋が置かれた。おばちゃんが言うにはあと五分ほど煮込んでから食べてくださいとのことだった。
「大切な人が、好きな人がいるってそういうことだと思う。あの時でも二十二だからな」
「ごめん、そしてありがとう」と深く頭を下げる彼の姿に狼狽する。彼がそう思っていたなんて想像もつかなかった。彼は私よりずっと頭が良くて、私のことを下に見ていたと思っていた。馬鹿にしていたと思っていた。
なんだこの気持ち、過去に彼には二度振られた。一度目はわんわん泣いて、二度目は冷めていた。あー、やっぱりこいつとは違うなって。でも、四年ぶりに現れた彼に心動かされている私がいる。ありがとうと言われて彼の胸に飛び込んでいきたい私がいる。どうかしている。
「鍋出来たんじゃないかな?」と彼がふたを開ければぶわっと湯気が立ち上り、野菜たちがうれしそうにぐつぐつと煮えている。
「まあ、俺たちも四捨五入したら三十だし、良い人見つかるといいな」
いただきます、ときちんと手を合わせてから彼は私の取り皿を取って野菜やお肉を入れてくれる。
私は渡された野菜たちを食べながら湯気越しの彼を見つめる。彼は自分の取り皿にも入れておいしそうに、そして熱そうに頬張る。また脈が早まっていく。
もう人たらしにも、そんな彼にときめいている私にもうんざりだ。
私は熱々なことなんかお構いなしに白菜やら葱やからを次々と口に入れていく。その熱さのせいにしてぐっと唇をかみしめて涙を浮かべながら、ただ黙々と食べ続けた。
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