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先にお会計を済ませた彼は嬉しそうに話し出す。
「いや、よかった。担当の方が今日誕生日ってさっき知って焦ってたんだ」
私は首をかしげる。
「担当?」
ああ、と言って彼は胸ポケットから名刺入れを出して一枚を私に出す。
「こういう者でして」
恥ずかしそうに出された名刺の名前の下に『作家』と書かれてある。私は名詞と彼の顔を何度も見直す。いや、違う。彼は確か企業に勤めていたはず……。
「半年前にやっとなれたんだ。皆に言う勇気がなくて黙っていた」
お待たせしました、と調理場からメッセージの入ったプレートを箱の中に入れて彼に渡す。
「うん、久しぶりに会えてよかった。ありがとう」
彼は奥から顔を出している調理場スタッフにも「ありがとうございました」と会釈して出ていく。
なに、それ……。気づけば私は彼を呼び止めていた。きょとんと首を少しかしげる彼を呼び止めて、私はどうしたいのだろう。
「今日の夜、空いている?」
これも本心なのか分からない。でも、口が勝手にその言葉を発していた。彼は一瞬空を見上げて爽やかに笑う。
「大丈夫だよ。じゃあ、仕事終わるときにその名刺に電話でもいいし」
SNSを言ってから彼は言葉を噤んだ。
「消し、てるよな」
「ううん、ある!」覆いかぶさるように答える。彼はそっか、と優しい笑みを浮かべて手を振る。
「それじゃあ、連絡待ってる」
彼の背中をずっと見続けていた。私はどうしたいのだろう。
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