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その夜、駅前の煌びやかに光る路地を二人で歩く。大学生の時もこうして歩いたっけ。消去しかけていた記憶が勝手に復元される。
「何食べたい?」と聞くと彼はいやいや、と手を振る。
「あかりから誘ってくれたんだから、あかりが食べたいものを食べようよ」
「いいから、何食べたい?」
彼はそうだなー、と言ってから私の顔を見た。
「じゃあ鍋」
鍋、という二人の言葉が重なって夜の路地に消えていく。二人して微笑する。本当は分かっていた。彼に訊けば必ずその答えが返ってくることを。
「じゃあ、俺の行きつけってわけでもないけど、仲良くなったお鍋屋さんがあるからそこでもいい?」
私は深く頷く。それはちょっと、いやだいぶ気になる。私は気付いていた。この状況を愉しんでいる自分に。
彼が入った場所は路地から少し離れたこじんまりしたお店。
ドアを開けて顔を出すと、カウンターの奥にいるおばちゃんがにこりと笑う。
「あら、久しぶりじゃんね。今日は一人?」
「お久しぶりです、二人なんだけどテーブル使っていいですか?」
どうぞどうぞと言わんばかりに奥から出てきて私たちの背中を押してテーブルへ座らせたおばちゃんは、私をちらりと見てから口角をにっと上げて彼に耳打ちする。
「彼女かい? 可愛いじゃないよー」
私は恥ずかしくて俯く。私はこういう対応に慣れていない。彼も迷惑していることだろう。
しかし、彼はバシバシ叩かれる背中を止めずに笑う。
「そりゃ可愛いに決まってるでしょ。付き合っていたんですから」
とりあえず俺はビールを、とさらりと流す彼のことを少しだけ睨む。どうしてそういうことさらっと言えるのかな。昔は恥ずかしがり屋で好きも言ってくれなかったのに、四年経っただけで君はそこまで成長してしまったのかい? 恥ずかしがり屋君は人たらしになっていた。その人たらしにドキドキしている私もどうかしているけど。
「あかりはどうする?」と聞かれてとりあえずレモンサワーを頼む。おばちゃんはすぐに二つのグラスを持ってきて、その時に彼が鍋も頼んでくれた。
とりあえず、と彼が大きなグラスを持ちあげるので、私もキンキンに冷えたグラスを持つ。
「仕事お疲れ様、乾杯」
カチリと音色が響いて彼はぐびぐびと飲む。相変わらず飲みっぷりいいな。半分ほど呑んだ彼は「くわぁ~」と唸ってからグラスを置いた。
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