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*** 「何かあれば……いつでも、連絡しなさい」  美玖の実家、玄関先で美玖のお父さんが、携帯の電話番号を書いた紙をくれた。僕は短く返事をして、それを受け取る。  美玖のお母さんは、家から出てこなかった。僕に会うことが嫌なのか、美玖との生活にすっかり疲れてしまったのか、分からない。お父さんも、随分とやつれた。いつもと変わらない様子をしているが、疲労が見え隠れしている。 「お父さんこそ、いつでも……お母さんと一緒に遊びに来てください。美玖と、待ってますから」 「あぁ。……美玖のこと、宜しく頼むよ」  僕はお辞儀をして、背を向けた。僕に車椅子を押される美玖は、両親のどちらにも挨拶をしなかった。晴天を仰ぎ、力無い笑顔を浮かべている。  僕は、ずっと考えていた。美玖が退院して、実家に帰った日から、ずっと。  恋人じゃなくなった僕に、美玖は幼馴染として接してくれる。僕はそれに応えられるだろうか、と。幼馴染として、小学4年生として、接してあげられるだろうか、と。このまま……側にいる勇気が、僕にはあるのだろうか……と。  考えて、考えて、考えていた。  無理やり笑顔を作って、美玖と遊んだ日もあった。足のことなど気にも求めず、純粋にゲームやトランプなどで遊ぶことをせがんできた。そうして遊びに行くたびに、美玖の両親は荒んだ姿になっていた。  美玖のお母さんは鬱に陥った。お父さんは、家族を養うために必死に働きながらも、家事や世話もこなしている。相当大変そうだった。美玖も両親の様子を見てか、日に日に元気が無くなっていくようだった。僕の甘えが、この家族をこんな風にしてしまったんだと、ひしひしと感じた。  それでも、これは義務感とか、罪悪感とかではない。僕は自分の両親と、美玖の両親とも話し合って、美玖と2人で暮らすことを決めた。  例え、幼馴染でも。小学4年生になってしまっていても。僕の彼女は美玖だった。美玖の側にずっといたのは、僕だった。今更、離れることなんて、どうしても選べなかった。そばに居続けたかったんだ。  美玖は2人で暮らす提案に、とても喜んでくれた。「正直、ママもパパも最近、こわかったんだ」とも言ってくれた。美玖が一人暮らししていた場所で、僕たちは暮らすことになった。  僕は車に美玖を乗せて、走り出す。最初こそ、僕も小学4年生だと思っている美玖は様々なことに驚いていたが、もう何も言わなくなった。 「ゆうまとこれから毎日一緒にいられるの、すっごくうれしいなぁ」  独り言かどうか、判断のつかない声量で美玖が溢した。窓の外に目を向けたままだ。  本当は恋人として、同棲しようねって話も、僕たちはしてたんだよ。  そんな言葉は頭で思い浮かべるだけに留めた。美玖が怖くないように、安全運転で家に向かう。 「僕も美玖と一緒にいられるの、嬉しいよ」 「えー、やったぁーっ」  嬉しそうに笑う。美玖の一挙一動が、同居を選んで良かったと思わせてくれた。美玖は外の景色に少しだけはしゃいだ後、車の揺れに釣られて眠りについた。  静かな車内。美玖が隣にいてくれることの安心感。慈しむように時々目を配り、家へと到着した。 「美玖、起きて。着いたよ」 「うぅん……お家……?」  前にもこうして起こしたことが、あったっけな。ふと振り返って胸が苦しさを覚えたが、気にせずに美玖の肩を叩く。  目を擦り、起きた美玖の体を抱えて車椅子に移し替えた。すると恥ずかしそうに「ありがとう」と言ってきた。僕に抱えられるのは、まだ慣れないみたいだ。  美玖は家の周囲や外観に、忙しなく視線を向ける。そうか、ここも初めてくることになるんだよな。バレないように自嘲気味に笑って、家の中に入った。 「わぁー、すてきなお家だね……!! こんなとこでゆうまと暮らせるの、うれしいっ……!」 「そっか、それは良かった」  そう答えると、先程まで明るかった表情を曇らせた。機嫌を伺うような目をして、僕を見上げてくる。視線を合わせて首を傾げると、自信無さげな声で美玖が問いかけた。 「ねぇ、ずっと一緒に、いられるんだよね……?」 「……もちろん。どうしたの、急に」 「ほんと? 足が動かないみくでも、これからも一緒に遊んでくれるの? 怒ったりしない? きらいにならない? ほんとに?」  その言葉に、胸がきりきりと痛んだ。これも、僕のせいで言わせているのか。僕は美玖のことを、どれだけ傷付けてしまったのだろう。美玖は何も、悪くなんかないのに。  包み込むように、そっと美玖を抱きしめた。驚いた声をあげたが、抵抗はしなかった。頭をぽんぽんと撫でて、できる限りの優しい声色で返事をする。 「ずっと一緒にいるよ。足が動かないくらいで怒らないし、嫌いにもならない。本当だよ、約束する。だから、大丈夫だよ」 「ほんと、に……約束……?」 「うん、約束。……不安で、怖いよね。そう思わせちゃって、ごめんね。……もう、離れないからね。ちゃんと僕が、美玖のことを守るからね」  胸の中ですすり泣き出す、美玖。僕には分からないくらい、辛くて苦しい思いをしてきた筈だ。僕にそんな問いかけをしてしまうくらい、追い詰められていたんだな。  心の中で再度謝る。  ごめん。  今度こそ……否、今後ずっと。僕が美玖を守っていくから。  もしかしたら明日にでも、精神年齢が戻るかもしれない。もしかしたら、戻るのは数年後かもしれない。戻ったら、僕とは一緒に居たくない、と言うかもしれない。  それでも、良かった。それでも良いから、せめてそれまでは離れたくない。そばで美玖のことを守っていたかった。  美玖の彼氏として。…………美玖の、幼馴染として。 ――僕は、美玖の隣にいることを、決めた。 - END -
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