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*** 「美玖、これはどこに置く?」 「うーーん、とりあえず机の上に置いといて!」  木製のテーブルの上に、重たい段ボール箱を置くと、部屋の中に埃が舞った。溜息をひとつ吐いて、額の汗を拭う。部屋の中に適当に積み重ねられた段ボール箱が、終わりの遠さを感じさせる。窓を開けて換気をしているものの、風は一切吹いてはくれなかった。 「まさか、先に美玖が一人暮らしを始めるとは思わなかった」  髪を高くポニーテールにし、袖をまくってせっせと荷物整理に取り組む彼女――坂原 美玖の背中に声をかける。  僕よりも頭の良い大学に入学した美玖は、今年の春から一人暮らしを選んだ。結構な寂しがりで、面倒くさがりだから、ずっと実家暮らしだろうと思っていたのだが。  ガムテープを盛大な音を立てて剥がし、目の前に現れた荷物達に頭を悩ませている。体を忙しなく左右に動かし、じっとしていられない様子だ。僕も次の段ボールを移動させようかと目を向けると、見計らったように美玖が振り向いた。悩んだときに顎に添えた、手はそのままだ。 「ここのほうが大学に行きやすいんだもん。悠真もおいでよ」 「おいでよ、って……なに、同棲するの?」 「あはは! いいね、同棲しちゃう?」  なに冗談言ってるんだ、と思いながら視線を逸らす。何度もこの手の冗談は受けてきたのに、未だに慣れない。大学生で同棲をしてもお互い不便になるから、卒業したらね。前にその結論が出た。なのに隙さえあれば同棲を推してくるから、困ってしまう。  同棲をしたら………………という不粋な考えは消し去る。考えたところで一番動揺するのは僕だと自覚があった。家に帰れば美玖がいるなんて、初の恋人が美玖である僕が想像するのは、心臓が保たない。そもそも、付き合って早3年経つが、恋人関係になった美玖と家の行き来をするだけでも緊張しているのに。  仕方なく段ボールを抱え、先程と同じように場所を聞く。美玖がこちらを見ずに答えるので、見てないだろ、とツッコむもスルーされてしまった。  指定された場所に下ろして、次の段ボールを抱える。この作業に一体何の意味があるのか、正直なところ僕は分かっていない。美玖に手伝ってほしいとお願いされたから従っているまでだった。  こだわりの強い美玖が頼んでくるのだから、何か特別なことがあるのだろう。そう思うことにして、時々会話をしながら作業を進めていった。 *  窓から差し込む陽射しが強くなってきた。動き通しの背中は汗ばみ、シャツが張り付く。 「そろそろお昼にしないー?」  声に反射的に時計を見ると、時刻は13時を迎えようとしていた。気怠そうに床に座り込む美玖へ答える前に、部屋の中を見回す。荷物の約半分が綺麗に片付けられ、段々と違う姿を見せてきた部屋。美玖らしい色がついてきた。 「そうだね、何食べる?」 「スーパーにも今のうちに行っちゃいたいから、スーパーに行く途中のラーメン屋でどう? 手伝わせちゃってるし、奢るよ」 「そんなの悪いからいいよ」 「いいからいいから! ここからすぐだし、早く行こ!」  有り難くその好意に甘えることにして、最低限の荷物を手に家を出る。一人暮らしを始めたのが、そんなに嬉しいのか。一丁前に鍵を閉めてドヤ顔してくる美玖に、苦笑を零した。  すぐさま美玖と指先を絡めると、ラーメン屋に向かって歩き出した。外に出てしまうとそこそこに涼しく、汗も簡単に乾いていった。 「今日引っ越してきたのに、よくラーメン屋とか知ってたね?」  何気なく問いかけてみると、また得意げな表情で、にんまりと笑う。 「当然でしょ。完璧な下調べで、ここ周辺のことはもう熟知してるんだから」 「流石。相変わらず仕事が早い」  そうして色々な話を交わしながら、徒歩10分。名前を聞いたことがない、こじんまりとしたラーメン屋が姿を現した。美玖が僕の腕を引き、早足で店内に入っていく。  店員の威勢の良い挨拶を耳に、食券を買って席についた。僕は塩ラーメン。美玖は店イチ押しの醤油ラーメンだ。  店内は常連らしい人影がいくつもあり、店員と楽しそうに会話をしていた。中でも店主の笑顔が飛び抜けて輝いており、話している常連も笑顔が絶えなかった。  あちこちに視線を動かしているうちに、明るい女性店員がラーメンを運んできてくれた。もやし、メンマ、ナルト、チャーシュー等々が綺麗に盛り付けられ、濃厚そうなスープがより一層、食欲を刺激してくる。  美玖と同タイミングで「いただきます」と手を合わせ、食べ始めた。麺にスープが物凄く絡められているが、麺そのものにも味がある気がする。それに、見た目以上に深い味で、でもしつこくない。食べれば食べるほど食欲を増進させられるような……悪魔の旨さ。  醤油ラーメンはどうだろうか、と美玖に目をやると、一心不乱に頬張っていた。表情を見ただけでも、どれほど美味しいのかが分かる。また近々来て、次は醤油ラーメンにしよう。そう思っているうちに、美玖はどんどん食べ進めていくので、僕も負けじとラーメンを頬張っていった。  美玖とは、ほぼ同じ時間で食べ終わると、奢ってもらって店を出た。その足でスーパーで買い物を済ませ、荷物を持たない手を繋いで帰路につく。 「ねね、塩ラーメンどうだった? 美味しかった?」 「すっごい旨かったよ! あの店さ、麺自体がもう旨くない?」 「わかるー! スープの味かな? って最初思ったんだけど、それとは違う美味しさも感じられたんだよね。あそこは最高のラーメン屋だ……」  恍惚の表情で思い出している様子の美玖。珍しく大変お気に召しているようで、何よりだ。そのままのテンションで、手をぶんぶんと遠慮なく振られながらも、美玖の家へ僕たちは戻った。
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