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 この世界の、どこまでも続く青空。宇宙の断片が見えるのではないか、そう思える程に透き通っている。純白の入道雲もまた、広大で、僕たちを囲むように見下ろしていた。 「付き合ってくれませんか」  彼女に対して、ほぼ初めてと言っても差し支えない敬語を使い、想いを述べた。いつも見ていた瞳と真っ直ぐに視線を交わらせ、唾を飲み込む。季節のせいか否か、顔が熱く火照っていた。  僕が他人に想いを伝えたことはない。そもそも、好きになったことだって無かった。交友関係が酷く狭い訳でもなく、女子と一切話さない訳でもなかった。それなのに好きにならなかったのは、彼女がいたからだったのかもしれない。  いつの間にか、物事を考える側には彼女がいて、他の誰よりも彼女との予定を優先して、だけど彼女が他の人に告白されたと聞けば、幸せを願って応援していた。誰にも打ち明けたことはなかったけれど、思い返してみれば、いつから好きだったのかなんて分からない。  想いを自覚し始めたのは、中学3年生の時だった。幼稚園の頃から一緒に行動して、遊んでいた。幼馴染でもあったし、一番の親友でもあった。中学に入ってから少しばかり距離は離れたが、それでも、お互いの交友関係が広がったに過ぎない。テスト勉強の苦痛は共にしたし、文化祭の準備も共にした。  ある日、友達に付き合っているのか聞かれて、違うと答えた。友達は、彼女のことを好いているらしかった。何でもないふうに装ってその場を切り抜けたが、胸が刺されたように痛んだ。それから彼女のことを考えるたびに、何度でも何十分でも痛んだ。心が晴れず、そんな日々を1週間くらい乗り越えて、ようやく自覚に至った。  高校への進路は僕が合わせた。元々、学力に彼女と大差は無く、どちらもやりたいことが明確ではなかった。ごく普通の高校に入学して、1年目。更に広がるであろう交友関係と、できるかもしれない彼女の恋人に恐れを覚えた僕は、想いを伝えることに決めた。  制服に身を包む目の前の彼女は、まんまるい目をぱちくりとさせ、面食らった表情をしている。長い付き合いだ。そんな対象には、僕はならないのかもしれない。僕だって途中までは、妹のようにも、姉のようにも感じていた。  沈黙が間に流れる。どこからか、誰かの笑い声が微かに耳にできる。断られるだろうか。何も言わないことが、既に拒まれているように感じられて、煩かった心臓は更に音量を上げた。 「…………仲本 悠真、さん」  彼女の声に、心臓が格段に大きく跳ねる。一度も呼ばれたことのないフルネームに、さん付け。その言い方が答えなのではないか。次の言葉まで気が気でなく、意識が遠のきそうになりながらもその場に踏ん張った。  膝丈のスカートが風で揺れ、彼女は乱れた髪を耳にかけた。一度伏せ目がちに落とした目線を絡めてくると、柔らかくはにかむ。頰を薄っすらと染めて、囁くように、僕だけに届くように、言った。 「私でよければ、宜しくおねがいします」
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