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[序]いつかの海と、君の声
「…なんで」
君の声が響く。
蝉が煩い、夏のある日。
海へと繋がるひんやりとしたトンネルの中で、その言葉はやたら大きく聞こえた。それは、何故だか私に向けられた言葉ではないような気がした。
入り口から差し込む夏日のせいで、今君がどんな顔をしているかは見えない。
「なんでって…海、見に行きたいって言ったのはそっちじゃん」
海を見に行きたいと言ったからこうしているのではないか。
「…そうじゃなくて。…あぁもう、良いわ。忘れて」
如何にも面倒臭そうに、汗で顔にはりついた髪を払う。
「忘れてって言われても…」
「忘れて。お願いだから」
割と真剣な様子で言ってくるので、従わざるを得ないな、と思った。
こうなったらてこでも動かないことを知っている。
「はいはい、分かったよ。…あ、波の音、聞こえる」
「本当ね。海、もうすぐみたい」
そう言うと君は、さっきまでのやりとりなんてなかったみたいに背を向けて歩き出す。
海を、見たいのなら、
自分の瞳を見れば良いのにと思う。
君の目は空と海が混ざったような、綺麗な色をしていた。
私はその目が好きだった。
あのとき聞こえた
「なんで」
の意味は、
まだ、分からない。
君を色に例うなら、空色だと私は思う。
いつか鮮やかな蒼い夏に溶けてしまいそうな、淡くて綺麗な空色だ。
ずっと、今でも、私は、
その空色に、手を伸ばしている。
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