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「まあ、これで何とか辻褄は合わせられそうかな。細かく確認すれば時系列に矛盾があるってばれる可能性がなくはないけど」
茜さんはちょっと思案する表情を浮かべつつ呟いた。
「川田もそうしょっちゅううちに顔出すわけじゃないし。あの子たちがこの前うちに歌音ちゃん来たよ、って報告したとしても小さな子どものことだし日付まできちんと覚えてられるはずないから。そこは何となく曖昧になって、ここでわたしたちが一緒になった日と歌音さんが訪問してきた日がどっちが先かなんて適当にぼやけていくんじゃないかな。そしたらここでわたしと歌音さんが初めて顔合わせて。それで意気投合してうちに招待した、って順序になってもおかしくないよね」
「まあ、公式には。そういうことにしておきましょうか」
難波さんも納得の顔つきで頷いて、口裏合わせは無事に成立したのだった。
「そういえば、歌音ちゃん。YouTube見たわよ。すごい素敵な新曲じゃない。あれってオリジナルよね?」
この子、ライブハウスに勤めてるってだけじゃなく。実は相当な力のある歌い手さんなのよ、なんたってメジャーデビュー目指してるんだから。と茜さんに説明しながらスマホを取り出して動画を検索する難波さん。
好意からの行動なのはよくわかる。だけどわたしの目の前でそれ、再生するのはちょっと。…本気で恥ずかしいんですけど…。
「…すごい。ほんとにこれ、歌音さんが歌ってるんだ?…そうだよね、声は確かに。あなたの声だし…。プロみたい、既に」
目を丸くして画面に見入っている茜さん。いいなぁ、こんな才能があるなんて。と深々とため息をついた。
「そんな、この程度の歌唱力の人いっぱいいますよ。ここから頭抜けるのがやっぱり。…難しいんですよね。どうすればいいのか」
「そうなのか。世間は広いね。…でも、メジャーになるならないはわたしにはよくわかんないけど。単純にこんな風に歌えたら。…どんなにか気持ちいいだろうなぁ、って」
「…はい」
羨望を滲ませて嘆息してくれる彼女にわたしは小さく頷いてみせた。
そうだな。聴いてくれる人がただそんな風に素直に感じてくれたら。…それだけでだいぶわたしも、救われるかも。
胸の内で感謝しつつ、それでも一応謙遜するべきだよねと思い当たって慌てて付け足す。
「才能ある、って言ってもらえるほどでもないんです。何年も人前でこうやって歌ってるけど。最初の頃とあんまり状況も変わらないままで」
「スカウトは受けたことあるんでしょ。アイドル路線が嫌だって断ったからデビューしなかっただけじゃない」
難波さんが横から口を出す。そういえばそうでしたね。でも、…うーん。あのときあの事務所から言われるままにデビューしとけばよかったとは。今でもそんなには、思わない。…かな。
茜さんは興味津々の目を隣に座るわたしに向けた。
「アイドル路線、いいじゃない。歌音さんならぴったりだし。絶対人気出たと思うな」
「そんなわけないです。その当時既に大学生で二十歳越えてたんですよ?多分五年か、下手したら十年くらい遅かったと思う。おこがましいですよ、だいいち」
「そうかなぁ。見た目も充分可愛らしいし別に問題ないと思うけど。…ああ、でも。そしたらこういうタイプの歌は歌わせてもらえないのかな。すごくこの曲、あなたにぴったり。これは自分で作ったの?」
もう一度再生をタップする茜さん。曲と歌はまあいいんですけど。…動画がなぁ。顔ははっきり映ってなくても微妙に落ち着かない。
「いえ、曲は一緒にバンドやってた友達が作ってくれて。作詞は自分でやれ、って発破かけられて四苦八苦して何とかやりましたけど。…次からは全部自分で作れって今から言われてるんだよなぁ。考えるだに憂鬱かも…」
急にずーん、と両肩に重みを感じる。久々にその任務を思い出して気が重くなってしまった。
「あの、時々一緒に来る無口な子よね。表情も全然なくていつもむっつりしてるのに。こんな曲作るんだ、人は見かけによらないね」
茜さんの方に頭を寄せて一緒にタブレットを覗き込んで、歌音ちゃんせっかく可愛いんだからもっと顔見せてけばいいのに、と無責任に呟く難波さん。マスターがカウンター越しにそれはやっぱりさ。一般の女の子がこういうとこで顔出しはいろいろと差し障りがあるよと助け舟を出してくれる。難波さんがそこでふと思いついたように顔を上げてわたしの方を見た。
「せっかくこんないい曲あるのに。もう次の曲作る話?もっとこれを押し出して売りにしていかないの。アクションこれだけ?YouTubeにアップしてそれで終わりなんだ」
なんだか勿体ないね、と独りごちる彼。わたしはそこでやっと思い出した。…そうだ、GW。
最近すっかり何もかも雅文くん絡みのことで頭も身体もいっぱいだったから。自分の音楽活動のこと、完全に忘れてた…。
「…そうだった。そう言えばわたし、来週。…札幌に行くんだ。…堂前くんと一緒に。向こうでライブに出て、この曲客前で披露する予定なの」
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