第28章 これまでだってそれは、ずっと君の中にあったんだよ。

1/9
前へ
/19ページ
次へ

第28章 これまでだってそれは、ずっと君の中にあったんだよ。

「…わあ、久しぶりタッツー。見た目は高校の頃とそんな変わってなくない?当時から背は既に高かったもんね」 ぽんぽん飛び出す台詞にわたしはいきなり押され気味。だけど隣に立つ堂前くんはぴくりとも表情を動かすでもない。さすが、安定の無言クオリティ。 台詞の主は彼の無反応に不審を感じた様子もなく(きっと慣れてるんだ。高校の頃からこうだった、ってことか、やっぱり)構わずにこにこと満面の笑みで話を続けた。彼女の背後の数人のメンバーが軽く苦笑してるのを尻目にわたしにぴったり視線を当てて感嘆する。 「いやぁ、まさかこんな形であんたに再会するとは。こぉんな、かっわいい女の子なんて。仲良く連れて帰って来ちゃってさ、てんで気の利かない、女子になんかまるっきり関心見せない唐変木だったのにねぇあの頃は」 「あの、わたしたち。ほんとに音楽仲間ってだけで。別に全然そういうのじゃないんです。…この人はわたしなんかもう全く。最初から対象外だし」 初めての街、初めてのライブハウス。そこで落ち合ったのは堂前くんの高校当時のバンド仲間だった。すらっとしたスキニージーンズの女の子がポニテを揺らして元気よくわたしの顔を見返してからからと笑う。 「またまたぁ。別に隠さなくていいんだよそれならそれで。こんな手応えのない男、どんな手使って射止めたのかそれはもちろん気になるけど。…それともまさか。タッツーの方が積極的だったの?」 わたしは焦って言葉もなくぶんぶんと思いきり首を横に振った。そんなこと絶対ない。…のに、堂前くん。 あなたの方も無表情で平然と突っ立ってないで。ちゃんとわたしたちのことこの人たちに正しく説明してよ。そもそも、あなたの知り合いでしょ? 結局いろいろ考えた挙句にわたしと堂前くんは、はまちくんと山岡くんに共演を依頼して札幌へと誘うのはやめた。二人ともそれぞれ予定もあるだろうし、だいいち旅費も何もかも本人持ちにならざるを得ない上に謝礼も出せない。元の仲間なんだから、と気軽に声をかけて結果向こうが断りにくいようじゃ申し訳ないと思ったから。 ライブがどんなだったかあとで報告するね、とだけ彼らに告げて二人で飛行機に乗って北海道へと赴いた。二泊三日の予定で、泊まる場所は結局彼の実家。 「余計な宿泊費を使うのも勿体ないし。うちならただで済む。ホテルをとるにしても二人ひと部屋で、ってわけにはいかないから」 「まあ。…それはそうだね」 そこは最早同意せざるを得ない。以前だったら何でよわたしの方は堂前くんと同部屋で構わないよ?って平気で抜け抜けと言えたけど。今のわたしは男女で一緒に泊まる、ってどういうことなのか前よりは想像力が働くようになったから。 「でも、いくら何でも。ご家族とは初対面の友達いきなり連れて帰ってきて泊めてくれ、なんて。ご迷惑じゃない?わたしの分だけなら宿泊費くらいまあそれほどでもないし。なんなら、堂前くんの分も捻り出せるよ?」 彼と違って一応わたしは社会人なんだし。それに一人暮らしでそれなりに家賃もかかってて生活はかつかつとはいえ、食費や光熱費は最近ほとんど自分持ちではない。たまの旅費くらい、全く工面できないってほどのことはないと思うけど。 彼はわたしと並んで歩きながら肩を僅かにすぼめて素っ気なく答えた。見慣れない、わたしの知らない街並み。堂前くんの育った場所。 「全然気を使う必要ない。むしろ、こっちこそ申し訳ないかも。僕に向こうで親しく付き合う友人が一人もいないんじゃないかって不安なんだ、うちの家族は。だから友達を連れていくって伝えたらお祭り騒ぎだったよ。盛り上がり過ぎて君にかえって迷惑になるんじゃないかと。どちらかというとそっちが心配なんだけど」 「それは。わたしの方は全然問題ないよ」 ぼそぼそと気が進まない様子で述懐した彼の台詞の内容を聞いて俄然やる気が出た。…そうか、つまり堂前くんの東京での友人代表として。彼がどんな感じで普段過ごしてるのかその報告をご家族の前ですればいいんでしょ? 「任せてよ。皆さんのその不安、一瞬で取り除いてあげる。要は向こうでの堂前くんがどれだけちゃんとしてるか、周りと上手くやってけてるか。それをしっかりアピールすればいいんだよね。…そんなの余裕。だって堂前くんはさ、そもそも完璧だもん」 喋ってるうちにテンションが上がってきて思わず声を弾ませると、堂前くんは無感情な中にも微かに懸念する色を滲ませて短くため息をついた。 「まだそんなこと言ってる。…君も社会に出て世間を知って。いろんな人たちに会ったから僕に対する過剰な評価や思い入れもすっかり消えたかと思ったけど。ここで変にやる気出さなくていいから。むしろ、適当に軽く流してあの人たちをいなして欲しいんだけど。…多分無理か。その様子じゃ」 「もちろん。思う存分堂前くんについて誰かと話す機会が到来したかと思うと。結構本気でわくわくするなぁ」 「…結構本気で勘弁してほしい」 ぼそっと聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。今のは彼なりの冗談なのかな。 だけどわたしはちょっと緊張が解けてほんとに胸が弾んできた。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加