第28章 これまでだってそれは、ずっと君の中にあったんだよ。

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堂前くん本人はこんなだけど。確か、お母さんとお姉さんはかなりたくさん喋る人たちだって話だった。お父さんはやや無口だって聞いた気がするけど、多分温厚ににこにこ二人の話を聞いてるタイプなんじゃないのかな。 家族みんな、堂前くんの東京での暮らしぶりを気にかけて心配してるってわかったら何となく胸がほわんと温かくなった。どうやらちょっとお節介なごく普通の和やかな家庭らしい。そんな環境で無口ながらも芯のしっかりした安定した自我と、表面には出ないけど他人への想像力と配慮をきちんと持てるこの人が成長してきたわけだ。割と納得。 そう考えるとこの無口と無表情はほんとにただの特性というか癖みたいなものなんだろうな。表に出てるものだけで判断をすると彼の本質を見誤る。だから付き合いが長くなれば、彼の周囲の人たちもみんな堂前くんの態度や反応が大して気にならなくなるのかも。院でもちゃんとそつなく上手くやっていけてるみたいだし。 そんなことなんかを丁寧に伝えてご家族を安心させてあげられるといいな。頭の中であれこれ考えつつ、わたしは勝手のわからない街をただひたすら彼の歩く通りにそのままあとをついていった。 堂前くんのお家に泊まるのは夜だから、その前にまず今回の目的の場所であるライブハウスに顔を出さねばならない。 彼が高校の頃にお世話になった、かねてからの知り合いのオーナーやスタッフに挨拶をして打ち合わせをしないとだし。それと、一緒に演奏してくれるメンバー。 結局堂前くんの高校の時のバンド仲間に頼み込んで、伴奏をお願いすることになっていた。その人たちと顔合わせをして音も合わせておかないといけない。 「あ、来た来た。…タッツー!」 そろそろ目的のライブハウスかな、と思ったところにいきなり遠くから声がかけられる。ぶんぶん、と大きく腕を振ってこちらに合図してる女の子とその周りに三人の男の子。 どうやらここでも紅一点か。前に聞いた話の記憶だと、おそらくこの子がボーカルだろうな。高校の時のバンドではボーカルのキャパ的に無理な曲が、…みたいな話。いや何も今そんなこと思い出さなくてもいいか。わたしは大人しく堂前くんの背中に半分隠れるようにして彼らの方へと近づいていった。 ライブハウスの前でわたしたちを待ち構えていたらしい。ずい、と身を乗り出してわたしの顔を遠慮なくまじまじと見つめてきた女の子。シンプルなあっさりしたナチュラルなメイク、すっきりした目鼻立ち。結構美人だ。こういう子と一緒にバンドやってたのか。 生真面目だった表情が一転して破顔した。 「そっか、こういう子がタッツーのタイプだったんだ実は。可愛くてちっちゃい系が好みだったんだねぇ。…初めまして、わたしユヅキ。この子とは高校の頃からの古い付き合いです。バンドではギター兼ボーカル担当」 「今でも。こちらでバンドとかやってらっしゃるんですか?」 臆する色のない人懐っこさに押され気味になりながら差し伸べてきた手を軽く握って挨拶しつつ尋ねる。猫の顔がばん、とプリントされた派手なTシャツにデニムのスキニーパンツの彼女は軽く笑って肩をすぼめた。 「大学までは別のバンド組んで活動してたけど。卒業のタイミングで結局終わりになったなぁ。メンバーと予定合わせるのも難しくなったし、それなりに仕事も忙しいしね」 「俺は社会人の連中と新しくバンド結成して今でも続けてるよ。完全に趣味の範疇だけどね」 初めまして、ドラムの音無です。シュウイチって呼んでね、と後ろから進み出てきたややふくよかな男の子が手を差し出してきて握手する。下の名前より、ドラムが『音無』さんって事実がインパクトありすぎてそっちが頭に残りそう。それぞれ他の面子も自己紹介してくれて、今では活動してない人と趣味で音楽を続けてる人に概ね二分されてるのがわかった。 ライブハウスの中に入っていって、堂前くんと元のメンバーと一緒にオーナーと支配人に挨拶する。それから音合わせしよう、ってことになってまだがらんとしたステージに上がらせてもらえることになった。 「今日のライブの準備があるから。長くは使えないけど、歌音ちゃんは初めての場所だからね。一応こんな感じ、ってのは見といてもらえたら」 オリジナルの曲だし、スコアはだいぶ前から送ってあったけど実際に全員で合わせるのは初だ。ちょっとどきどきしたけど彼らはブランクのあるアマチュアとしてはかなり腕がいいのか、そつなくきちんとこなしてくれた。 「まあまあだけど。まだちょっとおっかなびっくりっていうか、手探り状態だな。本番前にもう少し詰めておこう。スタジオとっといたからね」 わたしたちの本番は明日。今日は打ち合わせと練習、それからせっかくなのでこっちのライブハウスを観客として体験する予定になってる。連休中の明日もスタジオをとってくれたとのことなので、昼間から集まって練習することになった。 「すみません、せっかくのお休みなのに。こちらの都合でお付き合い頂いて」 メンバーのうちの一人が所属してるバンドがたまたま、その日のライブに出演予定だったので練習のあとに他のみんなと揃って観覧した。それから終演後、居酒屋に移動して飲み会。こんなにいろいろ付き合ってもらって悪いな、と肩身が狭くなりつつわたしは頭を下げた。 「連休だし、いろいろご予定もあったと思うのに。…今日明日とこうやって、お時間割いてもらう羽目になってしまって…」 山岡くんとはまちくんには気を使ったけど、結果こうしてむしろ初対面の人たちに負担かけることになっちゃった。バンド活動って一人じゃどうにもならないから、こういうところ難しい。わたしの隣に座る堂前くんが口を開きかけた気配がしたけど、それより早く反対側の隣にいた音無くんが明るい声でフォローしてくれた。 「歌音ちゃん、気にしない。他の連中はどうだか知らないけど俺なんか全然、GWの予定なんてそもそも最初から別になんもないもんね。そんなことより、歌音ちゃんみたいな歌い手と一緒に演奏できるだけでさ。…ほんと鳥肌立った、さっき。プロ目指す人ってやっぱり才能とか根本がまず違ってるんだなって。東京、すごいなぁ」 「あの、わたし。東京出身じゃないです。…栃木なんで。地方の出ですよ」 なんか誤解されてる、と思い慌てて訂正したけど彼らにとっては大したことじゃないらしい。 「ちゃんと関東地方じゃん。首都圏でしょ、栃木って」 「そんな優しいこと言われたことないです。あそこって関東に入るの?ってのはよく言われますけど」 首都圏って、東京神奈川千葉埼玉、までじゃないかな。と口にする間もなく向かいに座ってるユヅキさんが割って入って音無くんに噛みついた。
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