第28章 これまでだってそれは、ずっと君の中にあったんだよ。

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「わたしの知り合いにもまだメジャーデビューした人いないです。デビュー目前、て言われてる人なら何人か知ってるけど…。単にわたしたち、まだ若いってこともあるかも。これから同年代で大化けする人出るかもしれませんよ」 「そうだなぁ。まだ二十三だもん…」 わたしに関して言うと既に二十四だ。四月生まれだから同学年で一番歳とるのが早い。 音無くんはちら、とユヅキさんの方に視線を一瞬向けて元に戻した。やや頬を上気させた彼女は久しぶりの堂前くんを前にしてほんの少し舞い上がってるように見える。 「俺たち、結成するときなかなかいいボーカルに巡り合えなくて。いろいろ伝手を辿ってやっと見つけたのがあいつだったんだよ。本人は最初、カラオケはそこそこ歌えるけどバンドなんて考えたこともないって状態で。そこを何とか、って頼み込んでその気にさせて俺たちで引っ張り込んでさ」 当時の成り行きを思い出してか、少し遠い目を宙に彷徨わせた。 「初めのうちはよかったんだけど。だんだん本人も周囲の他のバンドと較べて自分の力量はもの足りないんじゃないかってうっすら感じ始めたみたいで…。何となく、コンプレックスがあるんだよ未だに。似た傾向の歌しか歌えないんじゃバンドのメンバーに申し訳ない、って思ってたのかいろいろ頑張ってレパートリー広げようとはしてたようなんだけど」 「大学でもバンド活動続けてたんですもんね。最初は乗り気じゃなく始めたとしても音楽自体はやっぱり楽しくて好きなんでしょうね」 彼女の耳のないところでは淡々と、高校の時のバンドのボーカルのキャパシティについて説明してた堂前くんだったけど。ここではそんなことおくびにも出さずただ彼女の得意なこと、美点だけに言及してた。きっとユヅキさんのそんな心情や悩みに無感覚だったわけじゃないんだと思う。 まあ、彼女を知ってる人間のいないところでは。にべもなくクールな寸評をためらわないってのも堂前くんらしいっちゃらしいのかもしれないけど…。 音無くんは感謝するように温厚な眼差しをわたしに向けた。 「まあ、だからさ。多分歌音ちゃんみたいなタイプが一番あいつにとってはコンプレックス刺激される相手なんだと思うよ。それをうっかり忘れて余計なこと言っちゃった俺も俺なんだけど」 思わず苦笑い。そうか、彼女の目の前でわたしの歌を褒めたから。 「だから君があいつに配慮して、女の子っぽい可愛い曲歌えるの羨ましいって言ってくれてほんとに助かった。あいつにはあいつの魅力があるのは事実なんだよ。でも、もっと器用になんでもこなせたらよかった、って引け目を感じる気持ちもわかるからさ」 「気を遣ったわけじゃないですって…」 ほんとに深く考えずに言っただけだから。と弱りつつ呟く。それに、あんな風に紅一点の立場で自分の女子要素前面に押し出して嫌味にならないキャラ。とってもわたしには無理だなぁ、って眩しく思ったのは確かだ。 音無くんはとりなすようにまあまあ、とわたしにビールを勧めつつ返した。 「でも歌音ちゃんならガーリーな曲でも絶対歌いこなせるでしょ?今までたまたまそっちに重き置いてこなかったってだけじゃん。楽しみだなぁ、二人の競演。◯◯から一曲だよね、どんな曲目でいこうか。…例えば、これとかは知ってる?」 「え、…と。ね」 音無くんが箸で軽くリズムを取りながら小さくハミングしてみせる。居酒屋の喧騒の中だからなかなか厳しい。わたしは眦を決して耳を澄ませ、そのメロディを聴きとることに真剣に意識を集中し始めた。 あまり遅くなると堂前くんのご家族の皆さんに迷惑になる。少し早めに切り上げて居酒屋を出て解散した。どのみち明日もこのメンバーで顔を合わせるし。 「…ユヅキさん。可愛くて素敵な人だよね、実際」 結局ずっと最後まで彼の隣にぴったり寄り添ってたな。多分わたしたちが本物の恋人同士じゃないことは途中から察知できて、どうやら遠慮は必要ないってわかったからなんだろう。と思いつつ二人で並んで知らない夜道を歩きながらふと呟く。堂前くんは感情を見せない声で淡々と受け応えた。 「森下は森下、板谷は板谷だから。較べたり引け目を感じる必要はない、お互いに。板谷には板谷にしかないものやできないことがある。というかありすぎる。どう考えても」 そこで微かに和らいだ目を一瞬こちらに向けた。 「ただでさえ自分にしかないものを抱えすぎてるのに。板谷が他人の持ってるもののことなんか気にするとは思わなかった。正直それ以上何も要らないと思う、君には」 「そんなことないでしょ。欲を言えば、てか欲をかかなくても足りないものいっぱいある、まず間違いなく」 わたしは半分ふて腐れて頬を膨らませて抗弁した。
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