第28章 これまでだってそれは、ずっと君の中にあったんだよ。

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「ぱっと見でみんなを惹きつける華やかさもないし。地味地味だから広く一般に訴えかけられるアピールも足りないしなぁ…。彼女くらい見た目やキャラでも訴求していく力がわたしにあったら。今頃はYouTubeでももっと、たくさんの人に見てもらう機会が持てたのかも」 「そういう問題じゃない。逆に板谷の外見やキャラクターを売りにする手をあえて禁じたってことはあるけど。視聴数が今ひとつ増えないのは単純にたくさんの人に聴いてもらえるきっかけが足りないからだよ。聴けば誰でもその力量は自ずとわかる」 うじうじするわたしに、堂前くんはきっぱりと告げて逡巡を吹き飛ばした。 「少しでも今まで板谷の歌を知らなかった人の耳にその声を届けたい。その手段をいろいろ模索してる途中だし、今回の出張もその一環だけど。板谷本人を見世物にして人を釣るやり方だけは今後も取らない。だから、キャラ立ちや容姿についてあれこれ悩んでも意味はない。個人的な領域で何か思うところがあるならそこまでは立ち入らないけど」 「…わたしが凄い美人でもはっちゃけた面白キャラでも音楽的には別に有用じゃない。ってことだよね」 つまり、それは堂前くんにとっては大した重きのない要素でしかないってことか。わたしは彼に遅れないよう足を運びながらじっとそのことについて思いを巡らせた。 彼は黙り込んだわたしをどう思ったのか、一応フォローしようって意図があるのか微妙に柔らかな声で付け加えた。 「そういうことでも君の歌に広く触れてもらえるきっかけにはなるかもしれないけど。板谷自身を餌にして不特定多数の人たちを惹きつけるのは本末転倒に思えるし。それだと結局君の嫌がってたアイドル路線と変わらない。だから、無理をするのはやめよう。そのままの君でいい」 「…恋愛関係だったら最高の台詞だよね、それ」 肩をすくめてぼそぼそ返すと、感情表現の薄い彼の声に僅かに呆れた色が混じったように思えた。 「まだそんなこと言ってる。そういう意味での君に対しての僕の必要性は、もうずいぶん前になくなってると思うけど。お互いそういう段階にはないだろ。…君が可愛いか綺麗か、人物が個性的で面白いかどうかとかは僕にはあんまり意味がないよ。そういう表層的な評価は板谷の本質に影響しないから」 歌が上手いかどうかは影響するくせに。と内心で思ったけど口にはしなかった。堂前くんに限って言うと、それも本質的な問題じゃない、ってあっさり片付けられかねない。以前にわたしが歌い続けてもやめても関係は変わらない、って断言してたし。 本当にわたしが歌うのをやめてしまったら実際にこの人はどうするのか。それだけは現実になってみないとわからない。彼は顔を上げて前方を確認し、わたしを駅の方へと促した。 「もしかしたら君の恋愛対象の相手の前では外見や性格って要素も重要なのかも。でも、音楽と僕の前ではそういう評価に惑わされる必要はない。そんなこととは関係なく板谷のそばにいて、これからも君をサポートするよ。…少し長く電車に乗ることになる。うちは札幌市街よりちょっと郊外寄りだから。疲れてるとこ申し訳ないけど。あと一息、頑張って」 「…まあ、遠いところはるばるお疲れさま。大変だったでしょ?初めまして、龍之進の母です」 「姉です」 チャイムを押した途端中からわっと押し寄せてくる気配がしたかと思うと、ばっとドアが全開になっていそいそと二人の女性が身を乗り出してきた。どうやら少し前から今か今かとわたしたちの到着を待ちわびてたらしい。 「初めまして、板谷歌音と申します。…すみません、こんな夜遅くに。初めて皆さんにお会いするのに、いきなりお家に泊めて頂こうなんて。図々しくて」 とにかく名前をまず名乗ってからすぐに、思わず申し訳なくてぺこぺこ頭を下げる。他ならぬ堂前くんのご家族に非常識な子だなぁと思われるのはつらい。まあ、彼と結婚したりして将来身内になる可能性は。まずなくなったわけで、それで実害があるってことはないけど…。 お二人は笑顔でわたしたちを中へと招き入れた。 「大丈夫、到着されるお時間はちゃんとこっちでも承知だったから。ライブのために来られたんだから、遅くなるのは当たり前よね?お疲れでしょ、上がってまずは休んで。…たっちゃんも。板谷さんにスリッパ、出してあげて」 「言いたいことわかる。でも、今は一言も聞きたくない」 わたしにしか聴こえないくらいの声量で彼が耳のそばで呟いた。微かな肩の震えを早くも察知したか。 「…『たっちゃん』…」 「だから要らない。そういうの」 どこかそこはかとなく彼に似た顔立ちの、意外に小柄なお姉さんが先に立ってこっちよ、とわたしを奥のリビングへと導いてくれた。 中で立ち上がってわたしたちを迎えてくれた年配の男性はお父さん。なるほど、堂前くんによく似てる。とぱっと見思ったけど、よく見ると雰囲気と体型かな。顔立ちはどうやらどちらかというとお母さん似らしい。言い忘れたけど彼女はなかなかの美人さんだ。 「いらっしゃい。いつもうちの息子がお世話になってます。ちょっとわかりにくいところがあって、いろいろとご迷惑かけてるかと思いますが。…この子と仲良くして頂いて、本当にありがとうございます」 「いえ、わたしの方こそ」 物腰の柔らかなお父さんが丁寧に頭を下げてくれるのに思わず恐縮してしまう。お姉さんがわたしにソファにかけるよう手振りで勧めてくれながらどこかわくわくした様子で話しかけてきた。 「二人はやっぱり、お付き合いしてるの?うちの弟、普段どんな感じなんですか。家ではびっくりするくらいほんとに全然話さないんだけど。…彼女の前では違うのかな。意外にお喋りとか」 「そうですね…」 わたしの前では結構喋ります。なんて、正直に言っていいのかな、と迷って言い淀んでいると堂前くんが全員を前に不意にはっきりした声で口を切った。 「この人と僕は恋愛関係じゃないし、将来的にそうなる可能性もないと思う。だけど、本当に大切な友人だし。僕にとっては誰よりも特別な存在だから」 突然何を言い出したのか。今更ながらその内容にがっくりしたりどぎまぎしたり。未来永劫恋人にはなれないと断言されては特別な存在と持ち上げられて。こっちも精神的に忙しい。 ご家族の皆さんは全員唖然、とかぽかん、って表現するのがふさわしい顔つきだった。おそらく本当に、彼は自分の家ではこれほど明確に長い言葉を発したことがなかったのかもしれないな。 普段は無感情な瞳に何かの光が宿っているように見える。堂前くんはぐるりと彼らの顔を見回した。
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