第27章 何が幸せかはわたし自身で決めることにした。…から。

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「歌音は可愛いし綺麗だし、性格もまっすぐで素直で頭もよくて。おまけに身体だってどこもかしこももちろんいい。どう考えても俺には釣り合わないくらい勿体ない、としか。…百人に訊いたら百人全員、そう答える。と思うよ」 やっぱり身体のことは付け加えるんだな。とどうでもいいことを考えつつちょっと疑念含みに呟く。 「そうかなぁ。雅文くんは優しいからそう言うけど。そんな、いいもんでもないとしか…。料理も家事もろくにできないし。セックスだって雅文くんに悦ばせてもらうばっかりで、こっちはいつも受け身だし。わたしがいた方がこんなにいいことあるでしょ!って自信を持って言い張れることなんか。…実はあんまりないって言えばそりゃ、ないんだけど」 「それは全然気にならない。お前みたいな子がここにいてくれるだけで。俺にとってはもう、毎日が信じられない特別な奇跡みたいなもんなんだよ」 遠慮がちに自信なく謙遜すると、彼は腕を伸ばしてひしとわたしの両腕を掴んで自分の方を向かせて訴えかけた。…そんな風に思ってくれてるのか。だったら何の問題もないよな。 「じゃあ、話は早い。結婚しよ、今すぐ」 「いやそれは。…また、別の話。だから」 急に尻すぼみになった。これじゃ延々と堂々巡りだ。 わたしはふと弱気になって恨めしい眼差しを彼に向けた。 「わたしのどこが。…いけないの?」 雅文くんはその視線を受け止めかねたように目を泳がせて言葉を濁す。 「いけないとこなんかどこにもない。お前は俺にとって天からの思いがけない特別なプレゼントだよ。…でも、だからこそさ。自分のもんになったと勝手に勘違いして、逃げられないように手許にあるうちにさっと懐にしまうなんて。…泥棒みたいな真似できないよ」 また変な言い草。 「結婚は両性の合意に基づいてるのに。一体何を以って泥棒とか言うかなぁ…」 思わず毒気を抜かれて呟くと、彼はいささかも揺るがない様子で頑として言い張った。 「お前は自分では歳のわりにしっかりしてるつもりかもしれないけど。なんて言ってもまだ若いし、世間を充分知ってるとは言えないよ。今は目先の感情に眩んで俺といたいって願ってくれてるだろうけど。何年もすればそのうち、もっといい男に出会ってあのとき早まるんじゃなかったって後悔するに決まってる。…そんなお前を見るのはつらいよ」 わたしの両腕に添えられてる手のひらが宥めるようにそっと表面を撫でた。わたしは気落ちして彼にぼそぼそと問いかける。 「…そんなにわたしのこと信じられないの。信用できない、ってこと?」 「そうじゃない。でも、絶対そういうこと起きないって。断言はできないだろ」 いや別に。断言はしてもいいけど…。 彼はやり取りの途中で一瞬見せた不安定な揺らぎをまた押し隠して、表面的な平静さを取り戻しわたしに噛んで含めるように言い聞かせた。 「大学卒業して一年は経ったかもしれないけど。二十四だってやっぱりまだ子どもみたいなもんだよ。その歳でほんの数ヶ月付き合っただけの相手を一生の伴侶と決めつけるなんていくら何でも早すぎる。今はのぼせて舞い上がってるだけかもしれないだろ。とにかく落ち着いて、今しばらくは様子見よう」 子どもみたい、と見做してる女を相手にあんなことやこんなこともしてるんだ、ふぅん。とは言う気にならなかった。だけどやっぱりそのまま承服はしかねる。 「…様子見てる間に。結局わたしが他の人に出会ってそっちへ行っちゃってもいいんだ。それは全然気にならないの。入籍する前にもめるの回避できればやれやれ助かった、無駄なことしなくて済んだって思うだけで別に平気?」 彼はさすがにちょっと言葉に詰まった。 「…平気ではないよ。そりゃ…、でも。仕方ない」 「わたしはそうは思わない」 本心を読み取られることを警戒するように肩を強張らせてる雅文くんの前に佇んで、わたしはじっと考え込んだ。どうやらなかなか根深いものがあるようだ。一筋縄じゃいきそうもない。 感情的にならないよう、慎重に言葉を選びながら語りかける。 「十代で結婚しよう、っていうわけじゃなし。二十四にもなってれば自分のしてること大体はわかる。そのくらいの歳で入籍する人だって実際世間にはいっぱいいるし。みんながみんな、結局離婚に至ってるとは思えない」 「それは。そうだろうけど」 彼は言葉尻を捉えられないようにか、相槌の打ち方も用心深い。 「ちゃんと上手くいって最後まで添い遂げる人たちだって当然いっぱいいるはずだよね。わたしたちがそうならない、って断言はあなたにだってできないでしょ。…でも、理屈より何より。逆に今結婚しないといつかわたしたち離ればなれになっちゃうかも、って想像する方がわたしにはつらい。…雅文くんはそうじゃないの?」 不意を突かれたのか返答が返ってこない。喉の奥から感情の塊が込み上げてきてわたしは急き込むように訴えかけた。
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