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「入籍なんかしなくたって付き合い続けることはできるよ、って思ってるかもしれないけど。やっぱり誰に憚ることもなく堂々といつでも一緒にいられる根拠が欲しい。多少のことがあってもそう簡単に離れるわけにはいかない強い結びつきがなかったら。ちょっとの風や嵐に遭えば繋いでた手も離れて呆気なくばらばらになっちゃうかも。…それで結局他の女の人とどこかに去っていく雅文くんの背中を見送る羽目になんてなりたくない」
「そんな目には遭わせないよ」
ひし、とわたしを縋るように抱きしめる。ソファに座ったままで自分の膝の上にわたしを引き寄せた。
「それは誓って言える。俺の方からお前を置いて離れることはない。…歌音が俺を必要としてくれるうちは。ずっといつでもそばにいるよ」
わたしだってそのつもりなんですけど。
「じゃあ、つまりは。いつか将来、誰か他の男の人と一緒に去っていくわたしの背中を見送るつもりでいる、ってことだよね?その覚悟はもうできてるんだ」
そう尋ねると雅文くんはわたしにしがみついたまま一瞬黙り込んで固まった。
「…それは」
そうだよ、といつまでも言えずにいる俯いた彼の首筋を見下ろして。わたしは思わず知らずため息をついた。
何となくわかった。今現在、大体のところは。
「…一体何が雅文くんをそんなに頑なに縛りつけてるのかは。わたしなんかにははっきりとはわからないけど」
そう言いつつ、多分それは前のあの経験のせいだろうな。と口には出さなくても漠然とわかってる。わたしのことを自分のものだ、と考え始めると。いざこっちの気が変わったときに、わたしを引き留めるために自分が何をしでかすか自信がないってことなんだろう。
「だけど、わたしとずっといるのが嫌とか。こんな女に一生拘束されたくない、自由でいていつでもチャンスがあったらもっといい相手に乗り換えたいって思ってるから断るってわけじゃない。多分それで合ってるよね?」
「そりゃそうだ。全然そんな風には思わないよ」
彼は憮然として答えた。結婚を避けるために自分を実際以上にクズに見せかけるまではさすがにする気にならないらしい。
顔を上げた彼の真剣な目をまっすぐ見据えてわたしは言葉を選んだ。
「雅文くんの考えてること、わたしなんかには何でも全部わかるわけじゃない。でも、わたしのこと好きでいてくれる。できるだけ長くそばにいたいと思ってくれてる。…わたしが一番幸せでいられるためにはどうしたらいいかをいつでも考えてくれてる。多分これだけは合ってるって思うの」
「…うん」
何かが胸に迫ったように言葉を詰まらせてまた下を向いた。今は顔を見られたくない。そんな感じ。
彼の髪の中にそっと指を差し入れて、宥めるように優しく頭を撫でつつわたしはゆっくりと語りかけた。
「つまりさ。…結婚を断って身を引くのもわたしの幸せのため。今すぐに離れていってわたしを一人にしないのもわたしのため。いい塩梅で独り立ちさせて安心な男の人に任せたらそれで自分の役目は終わると思ってるんでしょう。でも、本当はそうしたいって心の底から考えてるわけじゃない」
彼は何も答えなかった。目を逸らすこともできずに、今ここで何を言うべきか一生懸命考えあぐねてる。
わたしは構わず先を続けた。
「あなたが本気でわたしを幸せにするために何が一番なのか考えてくれてることは疑わない。でも、自分の幸せは自分で掴む。何が幸せかはわたしが自分で決めることにしたから」
彼の髪から手を抜いて、そっと両腕で頭ごと胸に抱え込む。彼の顔に薄い自分の胸を押し当てた。
「言葉で雅文くんを説得するのはもうやめる。その代わり、時間をかけてでも。わたしが一番幸せでいられるやり方をあなたに納得してもらうことにするの」
「…うん」
小さな膨らみを顔に押しつけられてどう感じてるかはわからない。だけど嫌がる様子もなく抵抗の色を見せずに彼はくぐもった声で小さく相槌を打った。肯定とも否定ともつかない響き。
子どもみたいに素直な彼の髪を撫でながら、わたしは呟くように言い聞かせる。
「今すぐあなたの気持ちは変えられないかも。でも、わたしが誰といるのが一番幸せなのか。誰といるとき一番わたしらしく自然でいられるのか。言葉じゃなく事実であなたを説得していく。その代わり、雅文くんも先入観で意識に蓋をしないで。目の前のわたしがどんな風で何を感じてるのかありのままをしっかり見てよ。それでわたしにはあなたしかいないってわかったら。そのことは素直に認めてほしい」
わたしはすっと身を引いて彼から一歩離れた。戸惑う色を見せた彼の目の前に立ち、落ち着き払って自分の胸元のボタンに指をかける。
「…それに、あなただって。少なくとも今は、わたしがここにこうしていないと。…駄目なんでしょ?」
「…歌音…」
ためらわずその場で手早く服を脱ぎ始めたわたしから目を離せずに彼は微かに呻いた。
ソファに腰かけて固まってる彼の前でわたしはすっかり裸になって佇んだ。一瞬自分の身体を見下ろして確かめる。悲しくなるくらい大したことない胸、薄っぺらい身体。だけど、この人を満足させるためなら。いつでも何でもする覚悟だけはある。
「…わたしがいない毎日なんて想像するだけで耐えられないって。実力行使であなたにわからせてあげるんだから」
そう囁きかけて、屈んでそっと彼の唇を捉えた。キスに反射的に応えた彼の手が、抑えきれない様子で手探りでわたしの胸を求めてくる。逸る手のひらで柔らかく揉まれて思わず感じちゃう。わたしは身を震わせて、口を開けてもっと深いキスに溺れた。
ようやく唇を離し、彼の手を掴んで引き寄せながら甘い声で訴える。
「…キスと胸、だけで。もお、こんなになっちゃった…」
「…あぁ。…歌音…」
全く抵抗できずにされるがままに誘導された手を、湿ったそこに潜り込ませながら彼が堪えられないように呻いた。
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