第27章 何が幸せかはわたし自身で決めることにした。…から。

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第27章 何が幸せかはわたし自身で決めることにした。…から。

「そういうわけなんで。わたしたち、結婚するよ」 「…どういうわけだよ」 わたしが彼を見下ろしてきっぱりとそう断言すると、ソファに丸めた背中を埋めてた雅文くんは反応に困ったような表情を浮かべてぼそぼそと反駁した。 困惑こそしてるけど、ものすごく嫌そうってわけではないみたい。そう見てとって、わたしは自分を落ち着かせて彼に気づかれないようにそっと呼吸を整えた。それから勇気を奮って表面上、自信たっぷりに畳みかける。 「だって。どう考えてもそうしない理由が見当たらないもん。わたしは今まで出会った男の人の中で一番雅文くんが好きだし、これからもそれは変わらないと思う」 「いやその前提からして。そもそも怪しいから、根本が」 彼は閉口してる様子でもないが当然満面の笑みも見せない。感情を押し隠したように薄い反応でわたしをただ冷静に嗜めた。 「大体さ。お前だって少し前までは、他に好きな奴いたんだろ?これから先、またそいつみたいな男が目の前に現れたらどうすんの。こんな、三十半ば越えたくたびれたおっさんなんかより。同年代で共通点の多い子の方が話だって合うだろうが」 「同年代なら話が合うだろうって考えてるなら甘いよ。必ずしもそういうわけじゃない、経験上断言できるけど」 わたしの脳裏に微妙に『合わない』数人の同世代の知り合いが浮かぶ。真っ先に出てくるのはやっぱり未だに海くんだけど。それ以外にもちらほらと。 だいいち、わたしが堂前くんを好きになったのだって特に彼とだと話が弾むとか気が合うとかいう理由ではない。今でこそ一緒にいて気疲れしない、長い時間を共有してもお互い落ち着ける間柄になれたとは思うけどそれは結果論だ。 どっちかというと最初の頃は彼が何を考えてるか天からわからなくて、戸惑ったり混乱することの方が多かった。その点で較べると歳は離れてても雅文くんの方が断然、初めから話も通じやすくてそばにいて気持ちも楽だったと思う。 そんなことを思い浮かべながら頭を整理しつつ言葉を選ぶ。 「話が合うとか話題や共通点があるとか。基本恋愛とはあんまり関係ない気がする。相手が謎でもコミュニケーションが上手く取れなくても好きになるときはなっちゃうでしょ、どのみち」 「それは。そうだけどさ」 苦い過去でも思い出したのか。一瞬歯切れが悪くなる彼。 どうせ今のフレーズがきっかけであの人との過去のこもごもを呼び起こされたに違いない。あとで実力行使で彼の脳内から彼女を追い出してやるんだから、と内心で誓うしかない。わたしのことしか考えられないようにしてやる。 今はとにかく話が先、と気持ちを切り替えて口を開く。 「大体同年代同士だったらより恋に落ちやすいんならさ。学生時代次々恋愛しっ放しになるはずでしょ、周囲に歳近い相手しかいないんだし。わたしに関して言うと特にそういうことはなかった。相手の年齢はあんまり関係ないってのが正直な実感かな」 「うーん…」 はっきり反駁はしてこない。本人の経験上も同じような感想なんだろう。わたしの知る限りは彼の前の好きな人は同級生の彼女、その次がわたしだから。同年代の方がより気が合うって決めつけると目の前のこっちの方を否定することになる。 やや手応えを感じて彼を上から見据え、更に強く主張した。 「とにかくわたしの中では歳が近いか離れてるかは好きの度合いに関係ない。前の好きな人は同い年だったけど、話が合うとか一緒にいて安らげるかどうかは雅文くんより彼の方が上ってわけじゃなかった。本当に当人同士の相性だと思う。…てか、雅文くんからすると。わたしといるの、無理してる感あるの?十歳以上離れてるから。話してても合わないなとか、実は頑張ってそっちから合わせてくれてるとか」 「そんなわけない。それはないよ」 ちょっと弱った様子で否定する。ほら、嘘つけない。本気でわたしを突き放すつもりなら、そうだよお前の前では本当は無理してるんだ。って言い張ればいいんだろうけどさすがにそこまではできないよね。 二人でいるとき安らいでリラックスしてくれてるのは何となく伝わってくる。その感覚は間違えてない、と自分に言い聞かせて自信を持って話を続けた。 「あなたがわたしといるの、きついなとか疲れるとか思ってないんなら。やっぱりこっちから引くつもりはない。わたしの方では雅文くんといるのが今までで一番しっくり来るから…。10歳くらい離れててもどうってことない。そんなことよりもっと大事なこといっぱいあると思う」 「10歳じゃないだろ。11だ、正確には。それに俺の誕生日が来たら今度はひと回り違いになる」 この前一緒にわたしの誕生日を祝ったばっかだから。さすがに正しい年齢をやっと認識してくれたらしく二十歳そこそこって表現を使わなくはなったけど、そういう詳細にはこだわるのか。わたしは軽く口を曲げた。 「そんなの。じゃあまた次のわたしの誕生日が来れば11歳違いに戻るじゃん。大体ひと回り違いなんて世間でもそう珍しいとも言えないでしょ。二十や三十違うわけでもないんだし、別に結婚の障害になるようなことでもなくない?」 「そんなことないだろ。相手は若いに越したことないに決まってる。子どもでも生まれれば俺なんか。だいぶ歳とった父親になるわけだし」 今の台詞。まだ小さい子のいる同い年の茜さんにそのまま聞かせてやりたい。まず間違いなく速攻ぶん殴られるな。と思ったけど口には出さず、深く取り合わずに言葉を継いだ。 「そう思うなら尚更結婚早めた方がいいでしょ。ぐだぐだ先送りにしてると今度はわたしの方が歳とっちゃうよ。どうせ何年も経ってから結局これでよかったんだ、ってなって入籍することになるんだから。それならさっさと決断した方がいいと思う。てわけで、あなたも覚悟決めてよ。そろそろ」 「そんな。簡単にはいかないよ」 まだ怖気づいて腰が引けてる。一体そんなにわたしのどこが悪いんだろ。やっぱ顔か、胸? ふと我が身を見下ろして自信を失って口ごもる。 「わたし、雅文くんの結婚相手としたら不足?もっと美人でスタイルもいい人じゃなきゃもの足りない、とか」 「それはない。お前自身に問題なんて。誓ってそれは絶対ないよ」 勢いこんで前のめりに否定してくれた。やっぱり、優しいな。こういうとこ。
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