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通報でもされるのではないかという身なりに、わたしは気を取られまいと視線をスマホ画面に向けた。
それでも、異質で滑稽な女の存在が気になってしまい、わたしは飲み掛けの珈琲を飲み干して、席を立つと、レジに千円叩きつけ、お釣りもそこそこに持ってきた傘を掴んで店を飛び出していた。
自分でも馬鹿馬鹿しいとは感じたが、存在感を示してくる異質な女に魅せられたのだ。
傘を、渡そう。
何気ない親切を押し売りするつもりはなかった。
しかも、わたしは女だ。
女が女に傘を差し出す。
余り、感心した絵面ではなく、相手もそんなことは望んではいないだろう。
相手は確実に馬鹿な男を待っている。
わたしはといえば、お節介で傘を握っている。
喫茶店を飛び出せば、赤信号がたった一本の横断歩道を塞き止めている。
雨足が強くなり、アスファルトに雨は散らばった。
赤信号が青になるまでの時間が長い。
そこで気持ちが冷めればよかったのだけれど、痛々しい女の姿が忘れられず、信号が青になると同時にわたしは駆け出していた。
まるで磁石が引き寄せ合うようにわたしが横断歩道を渡り終えたとき、黒塗りの高級車があの女の前に止まり、青年が降りてきた。
わたしは傘を差したまま、遊歩道に立つ。
青年は、わたしよりも数段若く、スーツが良くにあう。
迎えがきたことに赤い口紅に彩られた唇を震わせる。
雨音で声も会話も聴こえない。
女の滑稽な魅力に心を囚われたわたしは、絵になる二人の姿を遠巻きに眺めていた。
やがて、二人を乗せた黒塗りの高級車は雨に消えていった。
わたしは、雨の日になると公園が見える喫茶店に通う。
赤いドレスの滑稽な女を待ちながら、お代わり自由の珈琲に口付ける。
おわり
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