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その時私の視界の中で、何かが動いた。 私の右手に立っていた先刻(さっき)のスーツ姿の傘を持った男が、ゆっくりと私の前の前を横切って行く。 私が慌てて足を止めると、今度は左手から若いワンピースの女が歩み寄って来た。 そして――、目の前で傘を持つ男がワンピースの女をハグした。 互いに両手を背中に回しての激しい抱擁は続く。 映画のワンシーンのように……。 これは私の妄想なのか――?いや違う。 これは現実(リアル)だ。 目の前の二人の抱擁で、その向こうの柏木君の姿は完全に掻き消されて見えない。 『え、え?何?柏木君、ちょっと柏木君が見えないじゃない』 漸く抱擁に満足した傘を持つ男とワンピースの女は、腕を組んでやっと私の視界から退席してくれた。 開けた視界の中に柏木君の姿を求めた……。 いた――。両手を広げて、体で『おいで……』と言っている。 まるで、優しい鳥が羽根を広げているみたいだ……。 私は柏木君の胸に飛び込んだ――。 温かい……。 この前、人の胸の温もりを噛み締めたのって何時だろう……。 こんなにも……こんなにも温かいんだ。 私は温もりを味わいながら、ふとあることを思い出した。
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