6人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
その時私の視界の中で、何かが動いた。
私の右手に立っていた先刻のスーツ姿の傘を持った男が、ゆっくりと私の前の前を横切って行く。
私が慌てて足を止めると、今度は左手から若いワンピースの女が歩み寄って来た。
そして――、目の前で傘を持つ男がワンピースの女をハグした。
互いに両手を背中に回しての激しい抱擁は続く。
映画のワンシーンのように……。
これは私の妄想なのか――?いや違う。
これは現実だ。
目の前の二人の抱擁で、その向こうの柏木君の姿は完全に掻き消されて見えない。
『え、え?何?柏木君、ちょっと柏木君が見えないじゃない』
漸く抱擁に満足した傘を持つ男とワンピースの女は、腕を組んでやっと私の視界から退席してくれた。
開けた視界の中に柏木君の姿を求めた……。
いた――。両手を広げて、体で『おいで……』と言っている。
まるで、優しい鳥が羽根を広げているみたいだ……。
私は柏木君の胸に飛び込んだ――。
温かい……。
この前、人の胸の温もりを噛み締めたのって何時だろう……。
こんなにも……こんなにも温かいんだ。
私は温もりを味わいながら、ふとあることを思い出した。
最初のコメントを投稿しよう!