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「いやだ、死にたくない。死にたくないんだ」
「お願いします、たすけてください。お金ならいくらでも払います。どうか命だけは………」
「俺を誰だと思ってるんだ。俺を死刑にすれば、貴様も破滅だ」
被告人たちの悲鳴、怒号、号哭。だが裁きは淡々と下されていった。散々に命乞いをした者たちは、裁判長に何かを告げられては、ひとり、またひとりと、うなだれて部屋を出て行く。裁きを待つ者の列は前にも後ろにも延々と続いているが、それでも一人裁かれる度に、一歩、また一歩と、着実に列は進んでいく。
そしてとうとう、俺の前に並んでいるのはたった2人になった。こいつらが終わったら、次は俺の番だ。緊張感がこみあげてきた。あの証言台で何を喋るかによって、俺の運命が決まるのだ。もしも下手なことを言ったら……。俺は最悪の事態を想像して身震いした。
大丈夫、大丈夫だ。台詞はきちんと準備してきた。それをいかにも本当らしく言えばいいだけだ。俺は自分に言い聞かせた。そして、前の2人のうち1人目の裁判が始まった。1人目の青年は、証言台に頭をこすりつけて泣き荒んだ。
「頼む、許してくれ。死にたくない、死にたくない、死にたくない。まだやりたいことだってたくさんある。死刑だけは勘弁してくれ。このとおりだ………」
ついには台の上で土下座までして泣き続ける青年に、裁判長は感情を失ったような口調で何かを告げた。青年は立ち上がり、両手で顔を覆いながら部屋を出ていった。俺がそわそわしながら必死に思考を巡らせているうちに、2人目、つまり俺の目の前にいる、白髪の老婆の番になった。
老婆は青年とは対照的に、一切騒がず、堂々としているとさえ言える様子で証言台に立った。老婆は何も言わず、裁判長をただ真っ直ぐに見つめた。視線に気づいた裁判長は慌てて手元の書類をぱらぱらとめくり、紙を一枚抜き出して、そこに書かれた文言を読み上げた。いつになく熱の入った、失われた感情を取り戻したような語り口だった。老婆は黙って聞いている。そして、裁判長が文言を読み終えると、こくり、と頷いて、青年が部屋を出たのとは違う扉の奥に入っていった。俺は老婆の背中を見送りながら、彼女を哀れんでいるのか、羨んでいるのか、分からなくなった。
ついに俺の番が来た。俺は努めて冷静さを装い、証言台の前に立った。そして、狂ったように吠え叫んだ。
「いやだあああああ!死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!まだやりたいことが山ほどあるんだ!金ならいくらでも払ってやる、死刑だけはやめてくれ、このとおりだ!」
俺は証言台に自分の頭をがんがん叩きつけた。痛い。痛いが、仕方がない。土下座は青年が先に使ってしまった。台詞も見事にもろかぶりだ。老婆が裁かれている間も必死で新しいのを考えようとしたが、俺の小さな頭では無理だった。かくなる上は、やけくその自傷行為だ。ああっ、痛い、痛い。裁判長、早く判決を下してくれ……。
かすかに情熱の色を取り戻していた裁判長の顔は再び冷めていき、やがてため息をひとつついて、機械的に言った。
「君には、まだそこに立つ資格がない。ゆっくり考えて、出直しなさい」
俺はうなだれて、青年が通った扉から部屋を出ていった。
部屋を出た俺はうんと背伸びをして、太陽の光を体いっぱいに浴びた。やっぱりこの世界は美しい。たしかに天国も素敵なところかもしれないが、俺の故郷はこっちなのだ。前方には、地上に向かって楽しそうに駆けて行くたくさんの幽霊たちの背中が見える。どうしても未練は残るものなのだ。だから、天国か地獄かを決める裁判では、みな自分が死んだことに気づいていないふりをするというのが、最近の流行になっていた。
俺は実体のない体に新鮮な空気を思い切り吸い込むと、仲間たちを追いかけるように走り出した。
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