ハピネス

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 その声に応じ、美也子はサイドテーブルをどけると、幸代の膝下に手を差し入れた。部屋に飾られた写真に映る幸代も小柄だが、目の前の老女はいっそう小さく見える。腰が曲がり筋肉が衰えた分背丈は縮んだのだろう。そして筋肉量が減ると体重も落ちる。事前に目を通した資料の中には、体重三三キロという数字があった。  そんな相手を、力任せに起こすと上半身が勢いに抗えない。声をかけながら足をベッドの外に出してもらい、最小限の動きで姿勢を変える。全身が骨張った幸代の体は、少し力を入れるのもためらわれるほどだ。幸代にしがみついてもらうと、間を置かずにベッドから車椅子へ体を移し替えた。  廊下へ出ると、ちょうどトイレから夫の要介が出てくるところだった。肩をすぼめて歩く彼は、こちらに気づいて頭を下げた。 「妻を頼みます」  長期入院を前にして送り出すかのように、彼は神妙な面持ちだった。 「夕方には帰ってくるわ」  相変わらずか細い声だったが、わずかな甲高さも含まれていた。それに応じたように、要介も表情を和らげた。
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