ハピネス

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 元野家のトイレは向かって左側にL字の手すりがついている。幸代がトイレへ行くために、最近つけられたものだ。自由が利く左手を手すりに伸ばして立ち上がった幸代の後ろで、美也子はパジャマのズボンを下ろす。片手ではできないことだ。そのまま美也子は、幸代が便座に座るまで背中を支える。用を足し終えたら、自力で立ち上がった幸代の後ろからズボンを上げ、車椅子へ降りるのを支える。かつて施設で経験したことをそのままなぞっているようだった。  トイレ、洗面台と巡った後は自室に戻って着替えの時間だ。制限時間は三十分ほどだが、余裕はある。ベッドの端に一度戻ってもらい、パジャマのズボンを茶色のパンツに替えてから、美也子はパジャマのボタンを外していった。  片側に麻痺がある場合、脱健着患という言葉を意識する。脱がせる時は動く方から脱がせて、着せる時は麻痺のある方から袖を通す。その原則に従って行えば、体を無理に動かさなくても良い。するすると着替えを終えることができた。
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