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着替えが終わってもまだ、予定の時間まで十分ほどの時間がある。早くも三十度に届こうかという外で待つ必要はない。いつもそうであるように、幸代を車椅子へ写した後、美也子はしゃがみ込んだ。
「楽しいわ。カラオケだったり、詩吟だったり」
か細い声の幸代が楽しむには意外な娯楽だったが、善し悪しを問われる場ではない。あくまで自分自身が楽しめるかどうかが大事なのだ。時々ラジオの音楽に合わせて歌っているのを思い出すと、幸代らしいという感想に変わる。
一頻り女性同士になって話し込む。そうしていると十分はすぐに過ぎてしまう。
「……でもねえ」
その時間が終わろうとした時、幸代は顔を曇らせた。何かまずいことに触れたかと記憶を遡る。話していたのは夫婦のことだ。子供が独立し、夫婦だけの生活が三十年近くになろうとしている。脳梗塞の発症と後遺症に戸惑いつつも、献身的な介護をしている夫への感謝を直前に聞いた。
それがどうして、浮かない顔につながるのか。訊くのを迷っているうちに、デイサービスの迎えが着く。職員の手で手際良く車へ乗せられた幸代を見送って朝の仕事は終わりとなる。
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