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6.夢のやり直し
「お、おおっ!?」
眩い光がおさまった時。男は、自分がスパローズのユニフォームを着ていることに気付いた。
今とはデザインが違う。十数年前のモデルで、男が現役だった当時のものだ。
「何だここは?」
そして、辺りを見回してみる。
二人の周りを囲んでいるのは観客席。ここは、スタジアムだ。見間違うはずがない。
それも、彼がかつて所属していたチームのホームスタジアム。神明球場だ。
「おーい狐ちゃんよ。こりゃ一体、どういうことだ?」
「あなたが現役の頃に、戻ってみました」
狐乃音が一塁側内野席の最前列に腰かけているのが見えたので、男は声をかけてみた。
なぜだか二人以外、映像を一時停止でもしたかのように、止まっている。
「は? 何だそりゃ!?」
「あなたが本当に一軍で通用したのか、実践をもって確かめてもらいます。その為に、過去の時に介入できるようにしてみました」
決して過去を書き換えるわけではない。ただ、過去に戻ってシミュレーションをしたいだけ。
「わかりやすく言いますと。私がこの一帯に用意した過去の世界で、歴史のIFを確かめてもらうということです」
今回もまた、そんなことできるかな? 何て、疑問に思いながら試したら、できてしまった。狐乃音自身が驚いていた。
「おいおい、さらりととんでもねぇことを言っていねぇか? お嬢ちゃんよ」
「あなたの体も、現役時代そのままです。一番状態が良い時に戻ってもらいました」
「ホントかよ? まぁでも、確かにホントのような気がするぜ。妙に体が軽いわ」
「あなたは今日、チームから先発を命じられて、二軍から上がってきました。相手のチームも日程も、全て当時のままです」
「本当に全力で投げて、結果を確かめてみろってのか?」
その通りですと、狐乃音は頷いた。
ここは、狐乃音が用意した夢想野球場。男の後悔を消す為の、試練場。
「ははっ! こりゃいいや! 粋なことしてくれるわ! 面白ぇじゃねえか! やってやるぜ!」
男は俄然、ノリ気になった。これでいいと狐乃音は思った。
本来ならば、こんなことできはしない。
成功によって後悔を上書きするか、あるいは失敗することによって、後悔を受け入れるか。それは、終わるまでわからなかった。
「では、プレイボール、なのです!」
男はいきり立った。
「俺が一軍で通用するってことを、証明してやる!」
◇ ◇ ◇ ◇
開幕投手を務めることになった男は、力投した。
一回から三回までを、難無く切り抜けた。だが……。
(ボール球を、全然振りやがらねぇ)
相手チームも、それまで一軍登板がなかった男の実力を測りかねていたのか、戸惑いが見られた。じっくりと、様子見をしているかのようだ。
だが、四回に入ったところで、試合が動いた。
「くっ」
四球が続く。
男は、すごく球速があるわけではない。コントロールはそこそこ。そして、決め球となる強烈な持ち玉も、曖昧なところだった。
相手チームは、早打ちを極力避けるようにとの方針を定めたようだ。
そして、散々粘られて、投球数がどんどん増えていく。
(この野郎っ!)
必死に仕留めようとするが、その度にファウルで粘られる。しかし、厳しいところをつこうとすると今度は四球になって、塁に出られる。
そんなことが何度となく続き、気が付いてみれば五失点。この回はまだ、一つのアウトも取れていない。
(畜生!)
交代でもされるってのかと、男は疑問に思った。だが、ベンチは全く動かない。
その疑問を察してか、狐乃音は男に叫んでいた。
「言い忘れていましたが、ベンチは動きません。あなたが交代したいと、自ら望むまでは、そのまま試合続行です」
「……へっ。上等じゃねぇか」
監督やコーチはいるけれど、全権は男が握っているのだ。まるで、選手兼任の監督みたいだなと、男は思った。
自責点が二十点になろうが、百点になろうが、男が折れて自ら交代を望まない限りは、そのまま続投なのだ。
男は気を取り直して、投球を続けた。
六回、七回、八回と過ぎていく……。
「クソっ!」
スコアは十四対六で、劣勢。けれど、味方の攻撃は決して悪くない。点差を見て手を抜いたりなどはしていない。悪いのは、自分の投球だけだ。
男はベンチに戻るなり、大きく息をついた。
同僚も、監督やコーチも、観客すら、誰も男を咎めない。ただ、結果をありのままに受け入れて、ベストを尽くしていた。
「次だ次! 今日は間が悪かっただけだ!」
球数が増えすぎたので、今日のところは降板することにした。
そして、早送りでもしたかのように数日が過ぎ、次の試合が始まった。中三日での登板間隔だ。
一回から三回までは、二失点で切り抜けた。
だが、それからが問題だった。
絶対的に、スタミナが続かない。回を重ねるごとに、相手チームも自分をどんどん研究していく。かつてコーチが言っていたことが、頭をよぎる。
怪我をしないように、数年単位で体をしっかり作れ。九回まで持つようなスタミナが足りていない、という指導。
謙虚に認めて、ベストを尽くしたつもりだった。努力はたっぷりとしたはずだ。サボったり慢心した覚えはない。
だが、結果は無惨なものだった。
それでも、どんなに自責点を重ねようが、試合はまた訪れた。
男がやめると言わない限り、シーズンは続いていく。
一試合、二試合、三試合……。五試合十試合二十試合。
自責点八。十二。九、十七……。防御率なんて、もはや知ろうとすら思わない。
どんなに打たれようが、四球を繰り返して連続で押し出しされていようが、焦った挙げ句に暴投を続けようが、同僚も監督も、一切責めはしなかった。
逆に、男を勝利投手にするため、攻撃も守備も、ベストを尽くしてくれた。
「畜生!」
男が出場していないときも、試合は続けられていた。
そして皮肉な事に、連勝続きだった。
自分が先発する日が訪れるたびに、連勝がストップするのだ。悔しさが込み上げてくる。
延々と続く、敗戦処理のような状況。
音を上げてしまえば楽になる。もういい。もうたくさんだ。もうやめてくれ。もうわかったから。観客席で毎試合見ている狐乃音にそう言えば、元に戻してくれることだろう。
けれどそれでは、認めることになる。自分が一軍では、まるで通用しなかったという事実。根拠のない逆恨みをしていたことを。
「くそがっ!」
歯を食いしばり、悔しさに涙を流しながら、男は球を投げ続ける。
ご丁寧に、どんなに投げ続けても、試合が終われば疲労は完全に回復している。
狐乃音がインチキをしていると難癖をつけられれば、どれだけ楽だったことだろう。実際は、違う。
対戦相手の力がおかしいこともない。この世界の、ゲームバランスが狂っているとは思えない。ただ、ありのままだ。
誰も自分を批判しない。嘲りもしない。ただ自分が、ありのままに試合を進めるように、世界の何もかもが促す。
「何でだ! 何が足りていねぇんだ! 何で勝てねぇんだっ!」
またもスタジアム内に歓声が響く。特大の当たり。バックスクリーン上段にぶち当たる一撃。メジャーリーグからやって来た強打者に、四打席連続でホームランを打たれた。
男は呆然と、空高く飛んだ白球を目で追った。
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