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「ひ、久しぶりね」 私は驚いた気持ちで混乱しながらも、いきなり目の前に現れた"あの人"に、取り敢えず声を掛けた。 だって何を話したらいいんだか、全くわからなかったから…。 「久しぶりです。あの、何故だか知らないけど、変な傘の大群に連れてこられちゃって…」 あの人はいきなり訳の分からないことを言った。 「はあ?」 「いや、あの、こっちが"はあ?"なんですけど…」 そう言った時のあの人の顔は、まるで、かって私が手掛けていたCMプロモーションの仕事の、補助要員として差し向けられてやって来た時と全く同じ顔をしていた。 いきなり傘の大群に何故だか捕まって、私のところに連れて来られたらしく、突然のことに泡を食ったように、あの人はいかにも場違いな顔をしていた。 その時、私は、妙に懐かしい気持ちにかられた。 気がついた時には、極めて自分勝手な話だが、今、謎の傘の大群によって、何故かここに連れてこられたあの人に、今私が抱えている仕事をちゃんとやる気を出して手伝ってもらわなきゃしょうがないと思っていた。 私も業界では、"Sugar Free(無糖)"の異名で呼ばれる、甘さゼロの厳しい女で通っている。 だからあの人にも、やる気を出して手伝うよう懇々と伝えて、それから、今徹夜で難航しているイベントの総合プロデュースの企画について、あの人に詳しくレクチャーした。 最初はいきなり振られた無茶な話に、よくわからないという顔をしていたが、レクチャーが終わる頃、あの人は、また何かを掴んだような顔していた。 あの人はそこから、また矢のように大量の質問を私にぶつけてきた。 あの人が質問してくることは、またしてもどれもこれも、イベント企画の綻びのような点を正確に指摘していて、私はずっと目から鱗が落ちっぱなしの、発見の連続だった。 それからも1時間近く、あの人はイベント企画の問題点となるべく綻びを、正確に幾つも指摘し、ちょうど1時間後には、ほぼ完璧と言えるだけのイベント企画が出来上がっていた。 後日。 当然の如くに、そのイベント企画はクライアントにすぐ承認され、イベント自体も大盛況となり、最大の成果を生み出した。 クライアントからは絶賛に近いお褒めの言葉を頂いた。 しかしそれは私だけの力で出来たことでは全くなかった。 なんだか、私だけが手柄を独り占めしてるみたいで、クライアントからの絶賛の言葉を聞くたびに、あの人に悪い気がした。 と、気がついたら、私はイベント終了後に、早速あの人を引き止め、私の部下になってくれるよう、また頼んでいた。 やっぱり"この人が必要だ"と改めて強くそう思ったから。 あの人の方は、良いも悪いもなく、またまた「そうおっしゃるなら」という言い方で、あっさり承諾してくれた。 それからというもの、私とあの人のコンビは、またしても破竹の快進撃を復活させた。 確かに私が営業し、売り込み、根回しも入念に行っていたのだが、実際に、私たちの企画がいつも通り続け、その上それなりの大きな成果を上げ続けたのは、明らかにあの人の徹底的な分析能力と誰も思いつかないようなアイディアの発案の数々が随所に効いていたからだ。 そんな、ある日。 私はついに、あの人に、前から聞きたかった疑問について尋ねることにした。 「ねえ。あなたどうして、せっかく大手広告代理店の幹部社員に昇格し、部長にまでなったのに、あの時会社を辞めてしまったの?」 私は満を持して、あの人にそう聞いた。 「いや、そりゃ、そんな仕事なんか、僕には出来ないから…」 すると、あの人は、まるで当然のことのように、あっさりそう言った。 「いや、いや、そんなことないわよ。あなただったら、あの会社のトップだって務まるわよ。現に今の私があるのは、全てあなたのおかげなんだから。私があなたを選んだ理由は、あなたがそれだけ有能な人間だからなのよ」 「へえ…」 「へえって。いや、そりゃ私はあなたを自分の仕事のために利用してるだけの冷たい女よ。業界で"Sugar Free"なんて呼ばれて調子に乗ってるだけの嫌な女かもしれないけど、でも、あなたの実力は正当に評価し、それに相応しい報酬を与えるようにしたし、あなたに相応しい地位につけるよう動いて、これでもかなり尽力したつもりよ」 「へえ…。何でそこまで?他人のために?」 「な、何でって…。そ、そんなの、自分でもよくわからないけど…、でもそれが当然のことなように私には思えたのよ!なのに、あなたは何で、それを全部捨てて、私の前から消えてしまったのよ?!」 私はかなり興奮して、あの人にもう一度、そう聞いた。 「いや、だから、僕には他のことは何にも出来ないから…。何故か、あなたのお手伝いしか、僕には出来ないから…。あなたとは一緒に頑張れそうな気がするんですよね、何故だか。ただそれだけのことで…。僕があなたを選んだ理由は、ただそれだけなんで…」 「え?」 「だってあの会社で僕はずっと使えない奴と思われていて、会社の底辺でクビ寸前だったんですよ。それがあなたと一緒にやったら部長にまで出世してしまった。でも部長になったらあなたと一緒に仕事する機会が無くなってしまった。あなたはもう、僕のこと必要ないんだなと思った。それで部長の仕事なんか一人で出来るわけないじゃないですか。会社辞めた後だって、僕はバイトすらクビになる始末で何をやってもダメ。それがあの夜、ウェイターのバイトクビになってブラブラしてたら、訳の分からない大量の傘に捕まって、気がついたら、あなたのところに運ばれていた。でも、あの時、あなたを見た瞬間にね、また、"あなたとは一緒に頑張れそうな気がした"んですよね。アハハ。あの、すいません、僕、恋している相手としか何にも出来ないんで…僕があなたを選んだ理由は、ただそれだけなんで…」 その時、恋…!と言われて、私はちょっとドキリとし、思わず頬を赤くした。 だって、その台詞、 本当は私の台詞だから…。 あなたのために一生懸命になり、あなたを私の仕事に巻き込んで、あなたがどうしても"必要"なのは、 私があなたに、"恋してる"からなんだから…。 「こ、恋、とか、なんとか、よくわかんないけどさ、まあ、取り敢えず、これからも私に協力してくれるの?してくれないの?」 私は不自然な大声で、あの人にそう言った。 「はあ、まあそれしか僕、出来ませんからね…」 あの人は、そうあっさり呟いてから、また無邪気な微笑みを浮かべていた。 それにしても、あの不思議な傘の大群は一体何だったんだ? と思った。 でも今はただ、あの人に再会させてくれたことに、感謝したい気持ちばかりだった。 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。 ある時、人は、それを目撃することが出来る。 そう言えば、そんな都市伝説を聞いたことがあった…。 私とあの人の快進撃は、まだまだ続く。 (終)
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