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ミーティングは会議室で。続々と集まるメンバーを見ていると、やはりこの部署は異質だと感じる。
漫画雑誌編集者だった山田一平くんは分かるし、眞栄実くんも小説編集として仕事をしてきた。同じく綾瀬麗蛙くん、椎名司くんも書籍編集の経験はそこそこにある。
が、他が異質だ。創刊号の編集に携わるには力の足りない新人や、経験の浅い者。中途採用で実力の程が分からない者。書籍編集の経験のない者。まったく畑違いの部署からの異動などもある。
まったくこういう人物を入れないというわけではない。が、これから創刊となると勝手を知っている人物がとりあえず軌道に乗せる方がいい。未経験者と経験者の比率がおかしいのだ。
さて、どうなる。分からないが、マリサ社長は彼らを選んだ。何かを感じたのは確かだ。
時間になり、立ち上がる。守谷は穏やかに彼らを見回し、口を開いた。
「それでは、BL企画編集部初のミーティングを始める。今日が初日だから、まずは自己紹介をしていこう」
全員の視線を確認する。真っ直ぐにこちらを見る者も多いが、自信なげな者もそれなり。そもそも視線の合わない人物もいる。
「まずは私から。編集長を務める、守谷総一郎だ。ここでは長いが、編集長というのは初めてになる。至らない事もあるだろうが、気づいた時には遠慮なく言ってもらいたい。なにせ企画自体が初のジャンルで、戸惑う事も多いだろう。一緒に、乗り越えてくれると嬉しい」
伝えたい事は伝えられた。今伝えた気持ちはそのままだ。正直、編集長の苦労は見てきただけに今から頭が痛いのだが。
それでも、彼らを見ていると気合いが入る。編集として既に力のある人物もいるが、そうではない者にもここで何かをつかみ取ってもらいたい。彼らがそれぞれの思いで存分に羽根を伸ばせるようにするのが、編集長としての守谷の仕事だ。
視線を右に。そこに座る人物を、守谷は当然知っていた。
「営業部から配属になりました。十文字です。
編集部の業務内容は一通り認識していますが、現場は初めてですのでこちらで勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いします」
終始、音を立てない。流石営業という人当たりのよい笑顔。威圧感を与えない声音は心地よく耳に届く。見回す視線、頭の天辺から足先まで、全てを意識できる完璧な振る舞いを、守谷は見守っていた。
営業のエースと言われた十文字が、新設の部署に異動になる。これを、多くの者が左遷と感じただろう。それほどまでに、十文字は営業という仕事を理解し、完璧にこなしていた。
そもそも、営業が編集に突然転向というのは、あまり聞かない話しだ。逆はあるのだが。編集にあまり向いていなかった者が裏方や、営業に回る事はある。営業に向かないと言われて編集に来る事はまだ納得できる。が、十分に力を発揮している十文字がとなると陰謀や左遷を思わせる。
が、彼は当然何も問題を起こしていない。マリサ社長にも今回のメンバーを伝えられ、履歴書を貰った時に物申した。
が、彼女はとてもいい笑顔で「彼は編集としても優秀じゃないかと思うわ」とだけだ。
幸いなのが、十文字自身がこの移動を苦に思っていないことだ。いや、そう見せないだけかもしれないが。
十文字が座り、隣の男が立ち上がる。スーツ姿ではあるが、お行儀よくは着ていない。形は整えるが、そこにあえてのシルバーアクセと競馬新聞、そして蛇革のラバーソウル。姿勢も背をやや丸めた感じだ。
「あー…こちらには先日中途採用になりました。大澤です。前は風俗ライターやってました。んでまあ、そっち系には強いっすね。
BLってのはさすがにあんまり知らねえっすけど、ゲイビのレビューは何度か書いたことあるし、なんとかしてやりますよ」
大澤庸。中途採用の中でも異色と感じた。仕事は雑用からライターまでこなせる技量がある。が、プライベートな所は謎が多そうだ。人事の話しでは、ちょっと渋ったらしい。が、マリサ社長が気に入って採用になったらしい。
守谷も彼の書いたルポを何本か読ませてもらった。確かな取材力、その業界に深く入り込んだ内容に魅力と興味を引かれた。
まぁ、これだけの記事を書くのにどういうツテを使ったのかとか、どのくらい深くまで関わっているのかという心配はあるのだが。
それでも、自力のある人物は頼もしい。
大澤が座り、立ち上がった人物もまた独特の雰囲気がある。髪色や片目を隠すような髪型、大ぶりな指輪は一つではなく複数並んでいる。これは、書籍の編集者ではあまり見ない派手さだ。
月季辰之助。長年ファッション方面で仕事をしてきた青年はそのままのスタイルでここに立っている。
ファッション誌の編集長に話を聞くと、彼は自分の今の仕事を天職としていた感じがある。おそらく性に合っていたのだろう。それは彼の今のスタイルからも分かる。
それが、畑違いの書籍編集、しかもボーイズラブというジャンルへの移動だ。
「月季です。先週までファッション誌やってました。
ヘアメイクが真似事くらいなら。足は二輪なんで回収には出れます。
文芸・書籍の方は未経験です。体力とフットワークはあるんで雑用から覚えていきます」
「よろしくお願いします」と言って席についた彼の吐き出す息を見て、緊張があったのだと分かった。場慣れもしていそうなのに、そうでもなかったのだろう。
なんにしても、彼には頑張ってもらいたい。彼の記事も読んだが、本当に好きなんだと伝わる熱意を感じた。いい記事を書ける彼の力を貸してもらいたい。この雑誌がただのBL雑誌になるのか、一線を画すのかは彼らの熱量と経験にかかっているのだから。
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