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自己紹介と考察と
翌日、予定通り家を出て徒歩での出社。流石に40半ばともなれば体型維持は気をつけておきたい。何より家から文夏社まで徒歩で30分もかからない。まだ涼しい時間帯を選び、満員電車の煩わしさもなく会社に到着すると、人事からまさかの連絡をもらった。
「え? 朝6時出社?」
予想外の事に驚いてしまう。それというのも出版社は予定が入っていなければ午後出社も普通くらい、出社時間がルーズだ。
その中でまさかの朝6時。しかも早朝出勤の守衛を待っていたとなればそれよりも前にいたことになる。……もしや、始発出社か?
だがこれも、その人物の名前を聞いて納得してしまった。
冴木遼、29歳。
前職はIT関連だったと記憶している。マリサ社長と人事の話を聞いた時、注意しておこうと思った人物だ。
それというのも、話を聞く限り彼がいたのはブラック企業だろう。まだ若手と言えなくもない年齢で妙な落ち着きがあり、整然とした説明をする。収入として文夏社は普通か、高いとしても気持ち程度。それでも彼は随分驚いたそうだ。
健康調査では前の会社で倒れた事があるらしく、原因を聞くと氷点下のオフィスで正月に仕事をしていたとか。
非常識で、非人道的な扱いだが、こういう会社が意外と多く存在しているのも確か。とにかく、体を壊すような働き方をしないように気をつけようと思っていた矢先の出来事だった。
新しいオフィスは静かで、まだ誰もいない。新品の、凜とした空気も感じるオフィスを突っ切り、守谷は自分の席を指先で一撫でした。
ここから、編集長としての日常が始まる。ここに新たな仲間を迎え、一つのものを作り上げていく。
どうなっていくのか、どんな仲間が集まるのか。履歴書などでは分からないものが沢山あるだろう。
「……らしくなく、緊張しているな」
自嘲気味に笑った守谷が席につき、この後のミーティングなどの準備をしていると、人事の男に連れられた人物が入って来て挨拶をした。
「守谷さん、こちら本日入社された冴木さんです」
少し後ろをついてきていた青年が紹介にあずかり前に出て、とても丁寧に腰を折った。
「冴木です。今日からお世話になります」
背が高く、体格もよい彼は実年齢よりも上に見える。顔立ちが、とかではなく纏う空気がそうなんだろう。
内心苦笑し、守谷も穏やかに冴木を迎えた。
「編集長の守谷だ。こちらこそ、よろしく頼む」
多少予定とは異なるものの、こうして朝の時間は過ぎていった。
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