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 真由は長い灰色の沈黙と闘っていた。老婆との会話の糸口を探していたのだが、それは容易には見つからない。自分の、会ったことはないが、お婆ちゃんとも思える年代の人と話すという経験が真由には乏しかったのだ。  その上、目の前にはいつ晴れるとも見当がつかぬ灰色の空。打ち寄せる波や絵画といった、ただ見入ることが至極の時という訳にはいかないことは理解できる、故に息苦しい。真由は暫くの間、ただ呆然と、心を灰色に染めていた。 「貴方は、どうして、こんな田舎町にやってきたのかしら」  時計の長針が一つ進む間の重い沈黙を破ったのは、ゆっくりとした口調で呟く老婆だった。 「母が、体調を崩して入院したんです、それでお見舞いに」 「そうかい。お母さんの病気、軽いものなら良いのだけどね」 「腎臓の調子が良くないらしいんです。毎日手作りのおいしいご飯をたくさん食べてるって言ってたから、身体の心配なんて何もしてなかったんですけどね」 「腎臓の病気、それは……」  と、一度息を飲んだ老婆は続けて言った。 「それは、とても難儀なことだ」  苦虫を潰したように笑う老婆に、真由も同調して渋く笑った。そして真由は、小さく伸びをしてから、吐き捨てるように言った。 「きっと、罰が当たったんですよね。一人娘なのに、母を残して、早くに家を出てしまったから」 「そんなことで罰なんて当たるものか」 「そうかしら」 「ああ、当たるものか、貴方に罰なんか、決して」  老婆の一層萎ませた顔を見て、真由は安堵の表情を浮かべた。老婆の言葉が、まるでヤマガラの囀りの如く、本当にごく自然に心に染み入ったのだ。真由は自分の穏やかな心情に、驚きよりも、どこか懐かしさを感じていた。  真由はその理由を探すように、老婆を一瞥した。黒い洋服に黒い傘、外には黒い杖と黒く小さな手持ち鞄があるだけで、黒一本とない綺麗な白髪とのコントラストが素敵だと真由は思った。 「お婆さんは黒がお好きなの?」  老婆は驚いた様子で、自分の姿を舐めてから、 「いやいや、気分だよ」  と、カラカラ笑った。真由は、今日この土地を離れる、という老婆の言葉を思い出した。お年を召された方らしい別れの意味でも込められているのだろうか。そんな邪推に恥じるかのように、それ以上の言葉は出なかった。  そして再び訪れるだろう沈黙に真由は密かに焦燥していた。何度か老婆の顔を覗きみるが、老婆が口を開く様子はない。すぐに目を逸らして、腿の上の握り込んだ拳を見つめた。二度、三度と繰り返し、焦りが焦りを塗り重ねている真由に、老婆は優しく微笑んだ。その微笑みが不思議と真由の心を落ち着けた。
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