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三
真由は腕時計に目をやった。老婆の乗るバスもじきにやってくるだろう。
「お婆さん、私そろそろ……」
真由の言葉に、老婆は何も言わずにただ地面を見つめていた。曲がった背中をさらに曲げて小さくまとまり、杖にかけた手は小刻みに震えていた。
「お婆さん大丈夫? 身体悪いの?」
突然の変化に驚いた真由がそう問いかけると、老婆はゆったりと首だけを上げた。そしてギラリとした眼光を一度真由に投げた後、まるで焦点の合わなくなった眼球は左右に揺れながら虚空を泳いだ。
何かに取り憑かれたかのような老婆に恐怖を感じながら、真由はもう一度問いかけた。
「お婆さん、ねえ、お婆さん」
「雨のおまじないにはな……」
「何、おまじない?」
「そう、この話には続きがあるんだよ」
幾分正気を取り戻した様子の老婆は、心配そうに見つめる真由に先刻までと同様の優しい微笑みを投げてから続けた。
「それは束の間の日々だったの。おばさんはその後身体を悪くしてね、歩くのがとても億劫になってしまった。部屋を一歩も出ない日もどんどん増えていった。そんなおばさんを母親も女の子もとても心配してくれて、女の子はいつもおばさんの部屋に顔を出してくれたし、母親は数日置きにおばさんの為に買い物にも出てくれた」
真由は老婆の話に頷きながらも、未だに心配の目を老婆に向けていた。老婆は大丈夫と言いたげに二度頷いてから続けた。
「すると不思議なことに、母親と女の子は徐々にだけど裕福になっていくの。洋服、靴、鞄、色々な物が新しくなっていった。母親も仕事に出る必要があまりなくなったのか、おばさんの家に顔を出すことも多くなった。とうとう小さな車を持った母親は、おばさんと女の子にこう言うの、今度三人で旅行に行きましょう、って」
「不思議ね」
「そう?」
「宝くじか何かかしら。或いは、おばさんが幸せを呼ぶ天使だったのかしらね」
「ほうほう、天使とな、面白いことを考えるんだね。でも実際はね、不思議なことでも、天使なんてことでもなかったんだよ……」
ニヤリ、老婆が笑う。
「それならどうして?」
給食を目の前にいただきますを待つ子供のように、真由は輝く眼を老婆に向けた。
そして老婆は、鬼の形相で、吐き捨てるように言った。
「母親はおばさんのお金を盗んでいたんだよ!」
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