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ちなみに俺は犬派だ
「おめでとうございます、貴方は魔法少女に選ばれました!」
「色々言いたい事はあるけどまず俺男だよ」
換気のため開けていた窓に顔を出した猫が突然喋り始めたと思えば、そんな非現実的な内容だったものだから俺は思わず眉をひそめながらテーブルに置いた缶ビールに手を伸ばす。
「あら、美味しそうなおつまみですね」
「やらんぞ」
「夕飯は食べてまいりました」
器用に毛ずくろいをしていると思えば、今度は小さく背伸びをしてにゃあ、と鳴く。もしかして、俺は夢でも見ているのかもしれない。
「夢ではないです、試しに引っ掻きましょうか?」
「いや、遠慮するよ」
悲しい現実を突きつけられる事になるからやめておく、怪我をしてまで確認したくないから。
諦め半分、溜息一つ。
どうしたものかと肩を落としながら缶ビールを喉へ流し込むと、これ以上面倒事は嫌という気持ちもあり猫へなぁ、と言葉を続ける。
「相手を間違えていると思うぞ、さっきも言ったが俺は男だぞ」
「イマドキ古いですよ、そんな魔法少女は女がやるものというお考え……さては化石系男子ですか?」
「違うそうじゃない」
やる云々はさておきそもそも俺は成人男性だ、少女なんて何一つ俺に掠ってないじゃないか。どう考えても、家を間違っている。
「ありゃ、けど貴方で間違いないのですが……三浦海人さん?」
「完璧に俺だけどそれはそれで名前を見た時点で疑ってほしかったな」
どこからどう見ても男じゃないか、どうしてそこで怪しいと思わなかったのだ。お前は腐っても魔法少女の勧誘だろ、少女ではないけどさ。
薄目で一人盛り上がる猫を眺めていると、スンスンと鼻を動かしながら部屋に顔を突っ込んできた。
「うん、やはり貴方で間違いないです!」
「そんなわけあるか、そもそも正しいとしてもどうして俺が選ばれたんだよ」
そうだよ、これだ。
正直な話、俺がどうして選ばれたのかが一番知りたい。百歩譲って本当に俺が選ばれていたとすれば、それはそれで何か理由があるはずだ。だから、それが知りたい。
「そんなの決まっているじゃないですか」
一方そんな俺の言葉を聞いた猫は不思議そうに首を傾げ、決まっているじゃないですかとイタズラに笑ってくる。
「候補の中で一番チョロそうだったからです」
「帰れ」
この一言に尽きる、帰ってくれ。
少しでもこいつも大変かもしれないなとか同情の心が生まれはじめていた、俺の方が馬鹿だったよ。
考えるよりも先に立ち上がり迷うことなく窓へ近づくと、俺はいいか、と言葉を続ける。
「それならなおさら、俺は魔法少女なんてならないからな」
「あうっ」
ひょいと首根っこを掴みベランダへつまみ出すと、そのまま隙を与えず窓を閉める。せっかくいい風が入ってくるから名残惜しいとは思ったけど、あいつと話ていると俺までイかれてしまいそうだったから。
「貴方が契約してくださらないと、私今日のご飯抜きなのですー!」
「嘘つけ、お前さっきご飯は食べてきたって言ったろ」
「なんでそういう事は覚えているのですかー!」
がりがりと窓で爪とぎを始めた猫を無視して残りのビールを流し込むと、静かに肩を落とした。本当に、どうなっているのか。
「もういいや、酔いもさめちまったし今日は寝るか」
「寝る前に魔法少女になってくださいよ!」
「寝る前じゃなくても嫌だな」
少し前に安眠を求めて購入した耳栓を手に取り、両耳を塞ぐ。もちろん完璧な防音は無理だが、寝るにはじゅうぶんな静かさだ。
「けど諦めませんよ、だって貴方は選ばれたのですから!」
耳栓のくぐもった世界の向こうから、そんな言葉が聞こえた気がした。
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