side主人公 1

1/1
81人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

side主人公 1

六月上旬、例年に比べて蒸し暑く、すれ違う学生やサラリーマンの首筋にはじんわりと汗がつたい、それはもうムラっとする。今までの俺とは違う、俺は変わるって決めたんだ、そう自分自身に言い聞かせ、思わず声をかけたくなるのを耐える。空を仰ぎ見ると、顔に水滴がポタっと落ちてきた瞬間、いきなり大粒の雨が降り出し、今朝洗濯物を思い出した俺はフードを深くかぶり、小走りで家路を急ぐ。 アパートの隣の公園を通ると、道の隅に人影が見える。日本の平均身長の頭一つ分は高い、短髪の大男、見覚えがある。いや、俺が見間違うはずがない、あれは隣人の馬場さんだ。道の端をにらみつけていたかと思うと、着ていたTシャツを無造作に脱ぎいでその場にしゃがみ込み、何か白い物体を拾い上げてシャツでくるみこんだかと思うとどこかに走り出していった。 呆然とその場に立ち尽くした俺は、さっきまで馬場さんがたっていた場所に近寄ってみる。その場にはタオルが敷かれている段ボールがあり、雨に濡れてふにゃふにゃになった紙に、辛うじて拾ってください、と書いてあるのが読める。大方誰かが猫か犬を捨てて行ったのだろう。あの人面倒見がよくて優しい人だとは知ってた。知ってたけど、こんな少女漫画みたいな場面を目にするとは夢にも思わなかった…。ますます好きなんだけど… 家についてすっかりにびしょびしょになってしまった洗濯物をゆっくり中に取り込みながら、アプローチ、もとい最後の強硬手段結構を企てる。 馬場さんと出会ったのはここに越してきて数日がった週末、休日だから隣人の人も家にいるかなって思って、母さんが持たさてくれたそうめんを届けに行ったとき。チャイムの音が運命の鐘の音なんじゃないかと思えるくらい、中から出てきた馬場さんが俺の好みドンピシャだった。そうめんを渡すと、「わざわざありがとう、よろしく。」とすぐに部屋に戻ってしまったけど、その短い挨拶だけで腰が砕けそうなくらい好みの声。この人を捕まえなきゃ一生後悔するって思ったから、その日のうちにセフレを全員切って、地道に情報収集とアプローチをしていった。馬場泉さん、33歳、隣の駅にある会社に勤めていて、半年前に仕事より私を優先してほしかった、と彼女さんに振られたため現在フリー。これ幸いと、唯一得意な料理をふるまったり、週末に何かと理由をつけて一緒に出掛けたりして親睦を深めていったのだが、せいぜい近所の仲いい弟分くらいにしか思われていない、と思う。言ってて悲しくなるけど、相手はノンケ、スタイルがよくて仕事もできて面倒見がよくて、まぁ要するにおモテになる方だから仕方がないんだけど…そろそろセフレたちに性欲魔人と呼ばれた俺は我慢できない。そろそろ進展するなりしないとベランダつたってでも夜這いしてしまいそう。 …明日、明日飲みに誘ってホテルに連れ込もう。そこで告白もするし、嫌がってなければ既成事実を作っていしまえばこっちのもん!すっぱりあきらめるには好きが膨らみすぎたから、やれるだけやってみて、ダメだったら思いっきりはっちゃけて誰かに慰めてもらえばいい。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!