クラスメイト

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クラスメイト

「よっ、神崎(かんざき)」  会場に入るなり、背後から声をかけられた。振り向くと、そこには丸っこい体型の男が立っていた。 「なんだ、山下(やました)か」  思わず笑みが()れる。スーツ姿は初めて見るが、顔も体型も中学時代と大差ないのですぐにわかった。 「久しぶりだな。実家の店、継いだんだっけ」  山下の実家は小さな酒店を営んでいる。 「ああ。神崎は東京で働いてるんだろ? いいよなあ、エリートっぽくて」 「エリートなんかじゃないよ。うちの会社小さいし」  苦笑しながら、近くのテーブルに視線を走らせた。貸し切りの宴会場は中学校一クラスぶんの人数を収容するにはやや狭く、デパートのバーゲン会場みたいにごった返している。どこかから流れてくる甘ったるい匂いは、着飾った女子がつけている香水かなにかだろうか。 「誰を探してるんだ?」  山下が訊いてきた。 「いや……田知本(たちもと)は来てないのかと思って」  田知本は中学のクラスメイトの一人だ。神崎たちの中学ではクラス替えがなかったので、この同窓会に来ているメンバーともども、三年間ずっと同じクラスだった。 「田知本か。そういや顔見てねえな。あいつ、こういうイベントとか真っ先に食いついてきそうなのに」 「基本、お祭り男だからね。体育祭でも文化祭でも、嫌になるくらい目立ってたし」 「体育祭って、あれか? 応援合戦で――」 「そう。確か田知本が応援団長だったんだよね」  二年のときの体育祭では、応援団がはめを外しすぎて大幅減点を食らい、結局チームも負けてしまったのだ。  ほかにも田知本は、文化祭のお化け屋敷を取り仕切り、その本格的すぎる演出で客を失神させたり、卒業式で校長が喋っている途中に壇上に紙吹雪を散らしたりと、なにかとお騒がせな生徒だった。それでも根が明るいせいか、クラスの仲間には好かれていたように思う。 「なんなら、受付で訊いてきてやろうか。今回の幹事、仲いいやつだからさ」  そう言って、山下は会場を出ていった。  数分後、神崎のもとに戻ってきた山下は、なぜか納得がいかないというように首をひねっていた。 「どうだった? やっぱり欠席だって?」 「いや……それが変なんだ」  山下は眉間に(しわ)を寄せて言う。なんでも、受付の名簿には田知本の名前が載っていなかったそうだ。 「欠席なら欠席って、名前の横に書くことになってるんだけど……あいつの名前だけ抜けててさ」 「マジ? 誰だよ、名簿作ったの」  きっと、住所などを更新するときに、間違ってデータを消してしまったのだろう。ずさんな仕事ぶりに神崎は苦笑した。  しかし、 「俺も最初はそう思った」  山下は硬い表情で続ける。 「係の奴が、うっかり飛ばしたんだろうって。――でも、人数は足りてるんだよ。出席番号にも抜けてるところなんてないし、番号がずれてるわけでもない。何度見たって俺は二十九番だし、お前は七番だ」 「……どういうことだよ、それ」  神崎は真顔になって返した。もし田知本の名前が単なるミスで抜けたのなら、少なくとも五十音順で田知本より遅い山下は、出席番号が一番早くなってしまっているはずだ。なのに、それが正しい番号のままということは―― 「田知本って、幽霊とかじゃないよな」  神崎はぽつりと呟き、山下と顔を見合わせた。山下は青白い顔をしていたが、神崎も人のことは言えない。室内は暖房が効いているのに、足元からぞわぞわと冷気が押し寄せてくる。 「なになに、田知本くんの話?」  不意に肩を叩かれて、神崎は飛び上がりそうになった。 「ちょっと、なにビビってんの」  きゃらきゃらと笑うのは、女子ばかりの三人グループだ。それぞれ皿を手にしているところを見ると、こちらのテーブルに残っているスイーツを狙いに来たらしい。 「面白かったよね、田知本くん。今日来てなくて残念だけど」 「……お前ら、田知本のこと憶えてるのか」 「は? 当たり前じゃない。野球馬鹿のあんたよりよっぽど人気あったし」  女子の一人は、そう言って山下を笑い飛ばした。 「修学旅行とか、勝手なことして怒られてたけどね」 「ホテルの部屋でダンスパーティーやったからでしょ?」 「あのホテル、次の学年から出禁になったしいよ」  女子たちはケーキやシュークリームを取りながら、口々に語る。すでに神崎たちなど目に入っていないようだ。 「誰だよ、幽霊って言った奴」  山下に肘でつつかれ、神崎は「ごめん」と謝る。 「やっぱそんなわけないよな。これだけみんな憶えてるのに」 「ああ。お前、ちゃんと田知本に謝っとけよ。幽霊扱いするなんてひどいじゃないか」 「山下だって信じそうになってただろ」  文句を言い合ううちに、お互い表情がほぐれてきた。  クラスメイトが幽霊だったなんて、そんなことがあるわけがない。名簿のことも冷静に考えれば、ミスで重複して書かれている生徒がいたなら、見かけ上数は合うのだ。 「じゃ、食うか」  山下がにやりと笑って皿を手渡してくる。神崎はそれを受け取り、冷めかけた料理を取り分けはじめた。  その夜、神崎は久しぶりに実家に泊まることにした。張りきった母が食材を買い込んだおかげで、夕食は豪華な鍋になった。 「同窓会に出るなんて、珍しいわね。あんた、学校のことなんて全然話さなかったのに」  追加の野菜を鍋に投入しながら、母が言った。父はその隣で黙々と肉を口に運んでいる。 「たまには昔の友達に会っとくのも、いいかと思って。母さんだって、いまだに仲よかったりするんだろ」  神崎の母はこの近所で育ったため、子供たちと同じ中学の出身だ。当時のクラスメイトの何人かとは、今でもときどき一緒に食事をするらしい。 「そうねえ。最近は会うたびに愚痴の言い合いだけど。――いけない、お湯沸かしてたんだった」  そう言って、母はあわててキッチンに走っていく。 「……で、結局最後までそいつの話で盛り上がってさ。欠席してるのに主役みたいで、変な感じだったよ」  大学生の妹相手に同窓会での話をしていると、ふと妹が箸を止めた。 「……お兄ちゃん」  こちらを見るその顔は、紙のように白い。 「どうした? 貧血か?」  心配になって訊ねると、妹は「違う」と首を振った。 「私……その人知ってる。中学のとき、一緒のクラスにいたの。名前も同じだった」 「え?」  どくんと自分の心臓が跳ねる音を、神崎は聞いた。  田知本が、妹と同じクラスだった?  そんな馬鹿な。田知本は神崎たちと一緒に卒業式に出たのだ。三つも年下の妹のクラスに在籍していたはずがない。 「変なこと言うなよ。フツーに考えりゃ、弟か親戚だろ」 「でも、やってることが同じだし……。お化け屋敷も、応援団も、ダンスパーティーも」 「……嘘だろ」  神崎は顔を引きつらせる。 「あら、中学のときの話?」  そこに戻ってきた母は、凍りついた空気をものともせずに笑った。 「いつの時代も同じね。お母さんのクラスにも、そっくりな男子がいたわ」  子供たちが息を呑むのにも気づかず、弾んだ声で続ける。 「確か――田知本くんっていったかしら」              (了)
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