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後藤翼の仲
「あっけおめー!」
「うわっ⁉」
待ち合わせの神社に優と悠介と向かう途中、鳥居が見えたくらいで優の背中に何かが飛びついた。
何か、というか、正しくは、誰か、だ。もっと具体的に言えば、クラスメイトの仲原央だった。
「あけましておめでとう、央」
「あけおめ、翼ちゃん。ぼく抜きで先に遊んでないよね?」
新年早々、央の目が据わっている。一言目はかわいい笑顔だったのに、表情の切り替えがはやくてちょっと驚いた。
優や悠介にも疑いの眼差しを向ける央を優から引き剝がしながら状況をザックリ説明する。
「私たちもさっきそこで偶然会ったの」
優の家はうちの隣だけど、別々に出た。というより、優が結構早く出ていた。おそらく、優と悠介は既に二人で初詣を済ませている。
私が察したことに勘づいたのか、優は少しいたたまれない顔をした。少し近づいてきて私にだけ聞こえる声量でありがとうと言ったのは、優と悠介が私と合流するより早く一緒にいたことに言及しなかったことについてだろう。
一番央が疑わずに言うことを信じるだろう私が最初に口を開いた効果はあったようで、央はすんなりと納得して優から離れた。背中が軽くなった優が、央に向き合って微笑む。
「ナナ、あけましておめでとう」
「あけおめ、優。ゆーくんも」
「ん、おめでとー」
軽く挨拶を交わした三人と連れ立って鳥居をくぐった。高校の近くの神社は、二年参りに来る人で元旦の深夜は賑わうけど、昼間の人出はそうでもない。おみくじやダルマのテントは残っているけど、甘酒や年越しそばの屋台は片付けられていた。
手水で冷たいと軽く叫びながら手と口を清め、二、三人しか列んでいないお参りの列に加わる。
「お参りしたらおみくじ引こう!お腹空いたからお節以外のもの食べて、そのあと初売りね!」
「へーへー」
テンションの高い央とは対照的に、悠介は眠そうだ。視界の端で優があくびをかみ殺しているのを見つけてなんとなくのアタリをつける。深夜の正月番組でも通話しながら見てたのかもしれない。
仲がいいのは悪いことじゃない。他人をからかう趣味もないから私はそっと口を閉じる。二人が幸せなら、何も言うことはないのだ。
「そんな面倒そうな顔するならついて来なくてもいいんだよ?」
「行くよ!仲原に両手に花なんかさせねえ!」
「ん?両手に花は俺がじゃなくて?」
きゃんきゃんと言い合う悠介と央の図も、だいぶ見慣れた。好きな人に好かれたいっていう気負いがなくなった央は、とても自然体に見える。
二人の掛け合いに口を出しては、真顔でツッコミを入れられる優の図もパターン化してきた。
「……すぐるん、ナチュラルにぼくをカワイイ子として扱うのどうかと思うよ」
「え?だってかわいいじゃん」
「そういうとこだぞ、優」
「そーゆーとこだぞぅ、すぐるん」
「え?どこ?なに?」
もう一か月もしないうちに十七年になる付き合いの私は、優のこういうところにいちいちツッコんだりはしない。わりと早くに言っても無駄だと諦めたからだ。
そのせいでそのまんま育ってしまったのはちょっとまずかったかなと思わなくもないけど、良いものを良いと言えるのは長所だ。自分の容姿によって付加される意味合いは、まあ、おいおい気づくと信じたい。
「あれ?ゆーくん、なんか唇きれーになった?」
「え、マジ?つかよくわかったな」
「気にしてません!みたいな荒れ具合だったじゃん」
「そんなにか。まあ実際気にしてなかったからな。翼がくれたリップクリーム使ってる」
「リップバームな」
央の言葉に悠介の顔を見ると、確かに荒れた様子はなかった。こういうところにいち早く気づけないのがわたしの女子力の低さだ。央すごい。
凹んだところで急にレベルアップはしないのだし、と頭を切り替える。今は、悩んで選んだものが使われていることが素直に喜ばしい。
「カバンに入れっぱなしか失くすかの二択かと思ってたけど、使ってるのね」
「信用ねえな。使ってみたら良さに気づいたんだよ!ありがとう!」
「どういたしまして。使ってるなら私も嬉しいわ」
ちょっとキレ気味というか、照れた顔がやっぱりかわいいと思う。二か月くらい前だったら、まだ胸を刺していた痛みもだいぶ感じなくなった。
悠介を好きじゃなくなったわけじゃない。家族みたいな好きに昇華しただけ。優と同じくらい、大事に思えるようになっただけだ。本人には、言わないけど。
そうこうしているうちに、お参りの順番がまわってくる。四人ならんで、二礼、二拍手、一礼。四人ともあっさりと新年の挨拶や願掛けをすませ、列を外れた。
「よかったね、すぐるん」
「すぐるんで定着?いいけど」
不意に優に声をかけた央はとてもいい笑顔だった。なんのことだろう、と思った私とは違って、思い当たる節があったらしい優は視線外して話題を逸らす。
悠介を見れば、あー、なんて納得した顔をしていた。さっきの話の流れなら、私があげたプレゼントのことだと思うんだけど、意図がわからない。
「なんで優によかったね?優にもあげたけど」
「それはー、まあ、ねえ?」
むふふ、と含み笑いをする央に、優はすごく嫌そうな顔をした。話題を戻したのは悪かったけど、ちょっと顔が赤い。
わたしがクリスマスにプレゼントしたのは、普通のリップバームだ。薬局で安売りしてるやつではないけど、お揃いのちょっといいやつ。
そんなにからかわれるようなものではないはずなのに、央はニマニマ笑いを止めない。
「え、ちょっと、ほんとに何?」
「いーのいーの。無意識でナイスアシストなのはさすが翼ちゃんって感じするし」
「それなー」
悠介は央とそっくりな表情でうんうん頷いた。さっきまで言い合いしてたのに、結局この二人も仲がいいのだ。
「なんなのよ、もう」
「もーいいだろ!おみくじ引くんじゃないの!?」
耐えきれなかったのは優の方で、足早に社務所の方へ向かう。悠介と央は二人してかーわい、なんて笑っていた。よくはわからないけど、笑ってるなら、いいのかな。
そこまで広くない境内で、優に追い付くのに時間はそうかからない。振り向いた優も、別に怒っている様子はなかった。
「ね。楽しい一年にしようね」
「おーよ」
「うん」
にっこりと、央らしいかわいらしい笑顔でかけられた言葉に悠介と優が応える。
「そうね……今年も、楽しくなりそう」
初恋の人と好きだった人が恋人になった。惚気話を一緒に聞いて笑ってくれる友達ができた。去年の今頃は、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
変わったものは確かにあるけれど、今日も、私の大好きな人たちが笑っている。それは私にとって大切で、嬉しくて、とても幸せなことだ。
了
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