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「いらっしゃいませ〜!」
「……はじめまして」
「お世話になります」
南東北とかディスられる北関東のとある駅。おいでませって書いた百均の色紙を胸の前で控えめに振って出迎えた旧友の新しい友達は、目をぱちくりさせながら挨拶してくれた。初対面にしてスベった気がして背中を冷たい汗が伝う。
旧友その一、神納理は呆れ顔で沈黙。旧友その二、紅野環はさっきまで寝てただろってツッコミたくなる顔であくびを嚙み殺している。フォロー!してよ!っていう叫びは心の中に止めて二人の胸ぐら掴んで引き寄せた。
「ねえ、オレってばテンション高い?ウザい?」
「珍しいね、うるしーがそんなん気にするの」
「ばっか、これから仲良くなりたい若人にドン引かれたら泣いちゃうだろうが!あれ?三個下だっけ、四個下だっけ」
「そっか、そういえばそんな歳下か……礼の一個上だっけ?」
小声で対策会議をと思ったのにこいつら全く人の話聞く気ないな、どうしてくれよう。あ、礼ちゃんは理の妹ちゃんね。
「あの」
「はいはい?」
「この度はお招きいただきありがとうございます。小野将宗といいます。お世話になります」
「草町真です。よろしくお願いします」
若者たちから声をかけてくれて、焦ってるのを誤魔化すみたいになんとか笑って応対したら、少し緊張気味の声で自己紹介してくれた。ぺこっておじぎ付きだ。
送ってもらった写真と、社会人一年目の男の子たち、くらいしか前情報なかったからどんな子だろうってワクワクしてたんだけど。
「なにこの子ら、めっちゃいい子!」
「そうだよ。だから粗相すんなよ」
「なに、理。思ってたより随分気に入ってんじゃん」
「うん」
ツンデレな親友が素直に褒めて、気に入ってるってはっきり言うって割とすごい。ある意味、恋人の環より待遇がいいレベルだ。
会ったのはたまたまって言ってたけど、いい出会いだったようだ。その縁をオレにも繋いでくれたのが嬉しい。
「改めまして、雲類鷲基です!雲の類、鷲の基でウルワシハジメね。うるしーでいいよ!よろしく‼」
色紙を環に押し付けて、嬉しいのダダ漏れな満面の笑みで両手を差し出した。二人はパチクリ瞬きして、お互いの顔見て、おずおずとオレの手を取る。なにこの子らシンクロしてんの面白い。
改札前でいつまでも立ち話してたら流石に邪魔だから、若者の荷物を回収、先導して歩き出す。荷物持ちなんてとか言い出す前に話題を振るのも忘れない。
「おのっちとまっちーって、大学の友達だっけ?」
「お、おのっち、まっちー……?」
「はい。旅行で静岡に行った時に、理さんのお店に寄らせてもらって」
困惑した声を出したのはおのっちだけで、まっちーは平然と返事をしてきた。うんうん、順応性高い子好きよ、オレ。
エスカレーターを下ってロータリーに向かう。空広い……って背後から聞こえて、関東平野だからねえ、東京って思ってたより山だよねえ、ビル邪魔だしって笑った。
「にしても、あんなとこよく行ったね〜。ご当地ガイドブックにでも載ってた?」
「あんなとこ言うな」
すかさず理からツッコミが入った。
理は山の中腹にあるログハウスで、手製の挽物とか紅茶とか売ってる。近所のおばちゃんか迷った旅行者くらいしか来ない穴場だ。ちなみに環はお茶農家の次男坊で、理に加工する前のお茶の葉を卸している。
「いえ、道に迷いまして……でも、迷ってよかったです」
店に辿り着いた理由は想像通りだったけど、その後に続いたまっちーの言葉が意外で振り返る。おのっちもうんうん頷いてて、こっちの顔がニヤけた。
オレが上機嫌な理由を察したらしい理が、苦虫を噛み潰したみたいな顔をしてる。相変わらず想われることに慣れてないヤツだ。
「理が気に入ってんのも珍しいけど、理が懐かれてるのがおもしれーな」
「わかるー」
「そうなんですか?」
くつくつ笑いながら言えば、環がのんびり同意する。おのっちが不思議そうな顔をするから、オレは余計に顔が緩むのを自覚した。
楽しいことも、嬉しいことも、オレは大好きだ。それは親友にとってって話でも一緒だ。理が嬉しいことはオレも嬉しい。
「理、人見知りっていうか、あんまりその他大勢と仲良くするタイプじゃないからさ。後輩とか、学年違う知り合いめっちゃ少ないんだよ」
人付き合いの苦手な親友が、新しい出会いを見送って終わらせずに縁を繋いでるのが嬉しい。相手も応えてくれてるようで何よりだ。
電話やメールはよくするし、なんならオレは県を跨いで遊びに行くけれど、それは年に数回のイベントだ。久しぶりに会えるってだけでも楽しみで早く起きちゃったのに、思いがけないサプライズ。
スキップでもしたい気分なオレに、理が苦々しい声で言ってくる。
「基のコミュ力が異常なんだよ」
「オレはほら、みんなのアイドルだから!」
振り返ってウィンクしてやれば、呆れた顔の理と興味なさそうな環の後ろで、おのっちとまっちーがおおーってキラキラした目をしてる。
あ、ちょっと待って。その純粋な視線はちょっと恥ずい。こう言うのは塩対応とかツッコミとかがないとちょっと恥ずい。
「と、とりあえずメシにすっぺ!腹減ったろ?回転寿司でいい?」
三十分無料の駐車場に停めた車は地元の友達(三児の父)に借りたワンボックスだ。オレはバイクと軽トラしか持ってないし、東京からの客人を荷台に乗せるわけにもいかないから拝み倒して借りてきた。
鍵を開けて、座席後ろのスペースに荷物を入れる。先に乗っとけって言って、荷物が潰れてないか確認、ドアを閉めて運転席に回ると、助手席に人がいない。
「え?なに、みんな後ろ乗ったの?」
乗れはするだろうけど、わざわざ乗りにくい後ろにおのっちとまっちー、真ん中のシートに理と環がいる。理が環を横目に複雑そうな顔をしてるから、環を見たらあっけらかんとした答えが返ってきた。
「理の隣がいい」
「小学生かよ!」
「まさか乗り込んでくるとは思わなかったんだよ。最後なら助手席いくと思って」
「うん。理は悪くない」
「今だって移動したいんだよ」
すればいいじゃん。と思って、気付く。ウワッて口に出しちゃって、おのっちたちにもバレちゃった。
ごめん理。環は少し自重はしろ。
「環、手離せ。理は助手席」
「えっ、やだ」
「やだじゃねえよ。理、恥ずかしくなって顔覆っちゃっただろうが」
「わざわざ言うな、基。余計情けない」
「電車では我慢してたもん」
「もん言うな、アラサーだぞオレら」
「あの、僕助手席に行っても」
「えっ」
「おのっち、おまえもか!」
気を遣ってくれたまっちーの言葉に、おのっちが反応しちゃって慌てて口を押さえてる。こんなに人数いるのに助手席避けられるの寂しいじゃんばかー!とか思ってたのに、仲が良すぎる四人を見てたら笑えてきた。仲良きことは美しき哉、今日も俺の腹筋が試されている。
まっちーにまで呆れた目で見られたおのっちがちょっと不憫だけど、笑っちゃってそれどころじゃない。これが治らないと運転できない。
「ひー、ひー……いいよ。もうそのまんまでいいよ。背後で好きにいちゃついてろ、バカップルども。オレのドライビングテクに惚れんなよ!」
「ない」
「ないな」
「放り出すぞおっさんども!あんまりヒドイと拗ねるからな!」
「それはめんどくさいな」
「うるしーは笑ってるのが一番ダヨ」
「棒読みアリガトウ。ナカちゃんの海に沈めてやろうか」
「ヤンキーこわい」
いつものやりとりが楽しい。やっぱ電話より顔を見て話すのが好きだ。
しかも今日は、ナカちゃんの海てなんだろう、ってスマホをいじり始めるおのっちたちから癒しオーラ出てる。若者かわいい。時間があったら、オレンジのくじらに会いに行こうな。
「よし、いい加減出るぞ!シートベルトは締めたか?野郎ども!」
「おー」
「お、おー!」
環の雑な合いの手に、おのっちが少し慌てて乗っかってくれる。
破顔一笑、オレは歌い出したいような気分でアクセルを踏んだ。
駅前の大通りをまっすぐ行ったところにある回転寿司屋は、休日の昼間、結構な賑わいを見せる。少し待って、テーブル席でさあ好きなだけお食べ、と言った時は遠慮気味だったおのっちたちは、一皿食べたら目を輝かせて次はどれにしようと選び始めた。
オレの地元は海沿いで、港も近い。芋とかの畑ばっかりのくせに海鮮も美味い。東京の回転寿司とは鮮度が違う。オレ、東京で寿司食ったことねえけど。
時に一皿を半分こし、いくつかは二皿目も食べて満腹って幸せそうな顔をした二人に、俺も大変満足した。おのっちたち二人と同じ皿の数食べたので腹もそこそこ満たされた。
おのっちとまっちーがオレらの分まで出そうとするから慌てて止めて、でも頑として譲らないから割り勘にさせてもらった。自分で食べた分は自分で払う。
再び車に乗り込んだら、まっちーが失礼しますって助手席に座ってくれた。おのっちの方は理が話を振ってて、楽しそうに話している。放置されたら、置いてかれた子犬の顔しそうだなあ、おのっち。
来た道を戻って、駅の方の商店街へ向かう。所々シャッターが閉まってて人通りが多いわけじゃないけど、全国展開のデパートが閉店して久しいけど、今日のメインイベント会場、バーバーURUWASHIがある地元の商店街だ。
店の裏に車を停めて、貴重品だけ持ってもらって裏口から店に入る。
「叔父貴ー!来たよー!奥使ってるかんねー!」
奥から応える声がした。店の奥の和室にみんなを案内して、座布団を並べてお茶を出す。
叔父は若い頃に奥さん亡くして、今は一人で店の二階に住んでる。一人息子は専門学校に行ってて知り合いの家に下宿中だ。
「さて、ざっくりは話したと思うけど、一応今回のお願い、もう一回説明しとくね」
正座してこくんと頷く若者組と、あぐらかいて話を促す同い年たちの態度の差は置いといて、咳払い。喉の調子を確認してからすうっと息を吸う。
「成人式くらい袴着ろよ日本男児!スーツでもいいけども少しちゃんとしたの着ろ!振袖の女子の隣に立ってそれで恥ずかしくないのか!」
ばしっと畳を叩いて声を張った。ちょっと低めの、精一杯のおっさん声だ。
こっそり練習してたけど、今までで会心の出来にドヤ顔してたら理にチョップくらった。痛い、いたいよ、連打しないで。
「あほ。ビビらしてどうする」
「あれ、怖かった?オレ的には渾身のギャグだったんだけど。あ、叔父貴の真似ね、今の。ここ数年ずっと言ってて」
顔を上げたら、若者組がお茶を持ったままぽかんと固まっちゃってる。出会って一、二時間のオレから出たとは思えない声出したなそういえば。ごめんごめん。
と、まあ、反省はしつつも説明に戻る。要は、バーバーURUWASHIの成人式合わせ顧客獲得のためのカタログを作ろう!って思い立った叔父が、オレに友達集めてモデルしろと命を下したわけだ。
頼まれたオレと言えば、あらゆる縁で友達になったたくさんいる友達の中から着物が似合いそうなのをピックアップ、声をかけては断られるのを繰り返した。まさかこんなに断られるとは思ってなかった。確かに隣近所お母さんネットワークで誰に見られるか分かんないけどさ。友達甲斐のないヤツばっかりでうるしー悲しい。
その上困ったことに、こうなったら似合うかどうかは二の次だって片っ端から声かけて、ようやく捕まえたモデル候補を今度は叔父がことごとく却下した。見た目大事らしい。
そんで、困り果てたオレが一都二県挟んだ向こう側にいる理と環の写真を見せたところ、一発オーケー、交通費出すから連れてこいときたもんだ。叔父の本気に若干引いた。
それでも、オレを入れて三人じゃちょっと寂しい。理に誰かいいやついない?と聞いて名前が挙がったのが、東京の若者、おのっちとまっちーだったわけだ。
まっちーが不安そうに聞いてくる。多分、頼まれたら断れない感じであって、能動的に参加してくれてるわけじゃない。
「あの、成人式の顧客獲得が目的なら、二十歳前後のモデルの方が良くないですか?」
「ごもっともだね。でも叔父貴のオッケー出てるし。それにね」
「それに?」
「男の子ってカッコイイの好きじゃん」
だから?っていう沈黙が降りた。あれ?伝わってない。
理と環は興味なさそうだ。くっそ、報酬目当てなだけか。協力しようって気持ちが足りないぞ。
「着物もカッコイイじゃん!こういう風になりたい!っていうのがいいなって。なんなら成人式だけじゃなくて、オシャレで着物着るような人増やしたいじゃん?的な?テーマはカッコイイ大人、和装男子の魅力!だから。よろしくね!若者かわいいなキミらも、新成人からしたら人生のセンパイだ!」
押しに弱いのが丸わかりな二人にゴリ押しで頼みごとするのはちょっと気が引けるけど、こっちも仕事だ。お小遣いが出るからには本気で作る。
他に質問もなさそうだし、そろそろ始めようかと立ち上がった。
「では、各々方、抜かりなく!」
「それ言いたかっただけだろ、おまえ」
「うん、バレた?理、おのっちの着付けよろしくね。中に一式揃えてあるから。あと、自分のは自分でよろしく」
「わかった」
「よ、よろしくお願いします」
和室には一応更衣室みたいな区切られたスペースがある。成人式の時は知らない人も同じスペースで着替えるけど、そういうのが苦手な子もいるし、小物を取り違えても面倒だからできるだけ個別対応だ。
理は地主みたいなおっきい家の次男坊で、お盆だの正月だのは着物で来賓対応してるから着物も袴も着慣れてるし、他人に着付けも出来る。おのっちの方が若干大きいけど、着付けは任せて大丈夫だ 。
「まっちーはオレがおしゃれにキメてあげるからね!」
「はあ。よろしくお願いします」
普段は畑を耕したり、農協のシステム見直し、おばちゃん対応をしてるオレも、成人式シーズンは叔父の手伝いでバーバーURUWASHIのスタッフだ。着付けは慣れてるし、元々着物は好きだから普段も時々着る。
ヘアセットは叔父がやるけど、メイクはやらせてもらえることになってる。オシャレしたお互いを見てどんな顔するのか、とても楽しみだ。
「ねえ、うるしー。おれは?」
「おめさんの担当はオレだ」
「えっ」
まっちーを更衣室に連れ込もうとするオレに声をかけた環の背後から、ぬっとおっさんが現れた。ぽん、て環の肩に手を置き、ニィって生き生きした顔で笑う。
一つ咳払いして、ヒッて固まった環と、今日何度目か分かんないポカン顔のまっちーに紹介する。
「こちら、オレの叔父。バーバーURUWASHIの店長にして、今回の依頼人でパトロン」
「基が世話になってるそうで。今日はよろしく、どうぞ」
伯父は見た目が元ヤンだ。実際は知らない。歳の割に背も高いし無表情だとメッチャ怖いけど、愛想はいい。やりたいことで、自分の腕だけで生きてるカッコイイ大人代表である。
まあ、そんなオレの感想は第一印象じゃ伝わんないから、ビビって近寄らないヤツも結構いる。今の環のように。
「えっ、ねえ、おれも理に着付けてもらっちゃだめなの」
「時間がもったいねえだろ」
「それに、今回のメインだからな。バッチリ着飾ってやるから、表紙は頼むぜ、あんちゃん」
豪快に笑う叔父に、環の顔が引きつった。環は暑苦しいのが嫌いだ。スポ根とか、脅威に立ち向かう少年漫画とか、デカくて愛想のいいおっさんとか。面白そうなら首突っ込むけど、苦手っぽいものは食わず嫌いのままでいいタイプ。
環、たまにはゲテモノも食ってみろ。新しい扉、開けるかもしれないぜ。
「生きてまた会おう!」
「え、や、いやああああああ!」
「はっはっは、元気があっていいな!」
「おさむたすけてえええええ!」
面白いから意味深に笑っておいた。断末魔は聞こえないフリだ。
防音どころか壁で区切られてすらいない理とおのっちにも聞こえてるだろうが、出てくる気配はないから放置する気なんだろう。おのっちだけオロオロしてそうなのが目に浮かぶ。
笑って手を動かさないでいると日が暮れそうだ。狭い更衣室で、用意しておいた襦袢やらを広げながらまっちーに声をかける。
「じゃ、始めよっか。さくっとパンイチになってくれる?」
「はい」
ここで即答して服に手をかけるあたり、まっちーはきっと大物になる。
「若い子はねー、中はTシャツとかで済ませちゃうこともあるんだけど、今回は本格仕様だから、ちょっと苦しかったらごめんね。でも、叔父貴が褌着せようとしたのは止めたから」
「それは、どうも」
「そんかわし、しっかりイイモノ用意したからね!成人式はスーツだった?袴着たことある?」
「はい。成人式はスーツでしたけど、七五三は袴でした。あまり覚えてないですが。あと大学のサークルで」
「サークル?」
「文芸同好会だったんですが、競技カルタを仕込まれまして……学祭でデモンストレーションするのに着ろと言われて」
「へー、そんなことするんだ。大学、研究ばっかだったからなー」
脱げって言われて動じなかったのは経験があったからか。微妙に遠いところを見る目だ。なんか色々あったんだな。
服を脱いだまっちーは、なんか、マッチだった。そんなつもりで付けたあだ名じゃなかったのに。
細い。ひょろい。薄い。ここにいるうちはいっぱい食べさせよう。
オレの決意を知る由もないまっちーは、大人しく着付けされながら口を開く。
「正直、お話をもらった時少し意外だったんですけど」
「ああ、理?」
「はい。あまり、人前に出たり目立ったりっていうの、好まない方なのかと思っていたので」
「普段はそうだね。今回協力的なのはパトロンがいるからだし」
それこそ、最初に話した時は二つ返事でノーだった。条件並べ立てて、まあそれならってなっただけだ。
「先ほどもおっしゃってましたが、パトロンとは?」
「叔父貴がね、上手いこといったら美味いもん奢ってくれるっていうから。キチンと報酬が出るわけです。しかも、交通費も片道支給」
「あ、もしかして僕たちの分もですか?」
「うん」
「なんだか、申し訳ないです。交通費くらいは出させてください」
「いいのいいの。こんな田舎まで来てもらって、コスプレさせて写真撮らせてもらうんだよ?そのくらい出すって〜!」
「コス、プレ……」
「あ、気付いちゃった?」
肌着、すそ払いの次に出したシャツを見て、まっちーの顔が胡乱に歪む。
「新成人向けのカタログで、袴だと聞いていたかと思うんですが」
「うん。これも袴だよ」
「所謂、書生に見えますが」
「よく知ってるね。これも和装だよ!大正ロマン的な?まっちー絶対似合うと思って!」
写真見た時にビビッときちゃったんだもん。ノリノリで用意しちゃっても仕方ないよね。
まっちーの顔はめんどくさいって物語ってる。こういうタイプは押してだめなら引いてみろだな。
ニッコニコで見せてた衣装を持つ手から力を抜いて、しょぼくれ顔で代替案を出してみる。
「一応、普通のも用意してるけど」
「……いえ、ここまで来たら乗りかかった船です」
「オットコマエ!よろしくお願いします!」
まっちーはちょろいんじゃない、懐が深いタイプだな。大概のことは付き合ってくれるけど、本気で嫌だったら絶対やらない。理と似てるけど、理より頑固とみた。
渡したシャツに腕を通すまっちーはもう気にした様子もなさそうだ。さっきまでうわあって顔してたのに、一度許容したらこれだ。まったく、割り切るのが早い。
「雲類鷲さんたちは、高校が同じだったと聞きましたけど」
「あ、うん。オレが高校だけ向こうだったんだー。理たちは大学行かないで実家の手伝い始めて、オレはこっちの農大」
「仲がよくて羨ましいです」
「でしょでしょ!マブダチトリオだから。ていうか、キミらも大概だと思うけど。あー、でも、恋人ならちょっと違うか。いつから付き合ってんの?……締めるよ」
「はい。……理さんに聞いてますか?」
シャツの上から羽織った着物は絶妙に寸足らずで、シャツの袖が見える。着物は腰でしっかり留めとかないと着崩れるから、ぎゅ、と締めてから顔を上げると、まっちーが不思議そうな顔をしてた。
問い詰めるようなことじゃないけど、世間話の延長で聞くことでもなかったかな。男女のそれよりデリケートではあるのだろうし。
「理からはなんも聞いてないよ。そうかなって思っただけ。あ、話題にしない方が良かったらごめんね」
「いえ。……そんなに、分かりやすいでしょうか」
「うーん、見てる分にはギリギリメッチャ仲良い友達じゃない?オレはほら、理と環見てるし。あ、理たちのことは聞いてんだよね?」
「はい。色々、相談できる人はあまりいないので……本当によくしていただいてます」
一人でも平気そうな雰囲気があるのに、理の話をする時は驚くくらい表情が柔らかくなる。それだけ理に懐いてくれてるんだろう。理がかわいがるのもわかる。
環と理の面倒なとこ両方持ってるような子だ。世の中にあんまり興味がなくて、でも大事だと思ったものはとことん大事にする。感情が表情に出にくくて、大事に思ってることがなかなか伝わらない。ていうか、伝わらなくてもいいかとか思ってる節さえある。
だめだなあ。オレ、そういうの暴きたくなっちゃうんだよね。好きなんだろ?言っちゃえよー!みたいな絡み方しちゃう。
「で、いつから付き合ってんの?ていうか、否定しないんだね。今更だけど」
「事実ですから。付き合い出したのは……三年ほど前からです」
「わお、理たちより長いじゃん」
「え?そうなんですか?」
「そう言いたい気持ちもわかるわー。あんな熟年夫婦感出されちゃうとなー」
実際は、付き合ってまだ一年くらいだ。理はずっと片思いしてたらしいけど、それなりに濃い付き合いだったはずのオレでさえマジな恋の方の好きだとは思ってなかった。
二十年、理が隠し続けて、環に至っては多分自覚してなかった想い。出会う前の十年はどうしようもなくても、気づけなかった十年が悔しい。
「全部丸く収まった今となっては、ちゃんと本心を言えるようになってよかったじゃんて思えるけど……相談してよーとは思っちゃうよね」
締めた帯、よし。丈、多分転けない、よし。背中、シワになってない、よし。
オレが仕上げた書生くん、いいじゃん、かっこいいじゃん。にっと笑って見せたけど、まっちーは少し浮かない顔をしてた。真面目だなあって、やっぱり頬が緩む。
「相談、したげてね」
「……はい」
思い当たる節があったんだろう若者は、自信なさげに頷いた。
「あ、環さん……本当にモデルみたいですね」
「ん?ありがとー。まっちーもいいじゃん。似合ってる」
更衣室を出てまっちーの顔にファンデをはたいてると、着付けとヘアセットを終えた環が店の方から和室に戻ってきた。全然派手じゃないけど、ちゃんとカッコよさ三割増しになってる。
まっちーは表情筋サボりがちだけど、だんだん分かってきた気がするぞ。アテレコするなら、綺麗な顔なのに更に手を入れてどうするんだろう、理さんにやきもちでも妬かせたいのか?
おそらくイケメンだなあと呆れられていると知ってか知らずか気にしてないのか、環はふらふら近寄ってきて作業を観察し始めた。
「化粧してんの?」
「ん、気持ち整える程度だけどな。みんなカッコいいからおにーさん超楽。ちょっとつまらんくらい」
「ベタベタすんの嫌いなんだけどなー」
「我慢しろ。美味い飯が待ってる」
眉を少し整えて、うっすらファンデ塗ったくらいの軽作業を終えて、まっちーの前髪を留めてたヘアピンを取る。若さもあるだろうけど、ほとんど日に焼けていない肌は綺麗だ。
俺の仕事はここまでだから、店の方行って髪やってもらっておいでと促した時、背後のカーテンが開く音がした。
「しん……?」
「あ、将宗。……似合うな。かっこいい」
「あり、がと……」
「お、支度できてんのか。草町くん、こっちだ。こうしてほしいとかあるか?」
「あ、はい。えっと、お任せで」
数秒のご対面、さらっと褒め言葉を置いて叔父についていくまっちー。その背中を呆然と見送るおのっち。
数秒の沈黙の後、おのっちは膝から崩れ落ちて顔を両手で覆った。
「……うるわしさん」
「うるしーでいいよ、おのっち」
「うるしーさん。ありがとうございます」
「あはは、ベタ惚れだね!」
否定もせず、というか、出来ずにふるふる震えるおのっちは本当に素直だ。知り合いしかいないからかもしれないけど。
理と環は互いの着物姿はそこまで珍しくないから反応がつまらない。着物の質にあれこれ好評もらうのは嬉しいが初々しさが足りないぞ、カップル一年生。反応が見たいなら、和装ではなくスーツでも持ってこなきゃいけないなと、脳内そのうちやるリストにメモをして、オレはオレの仕事をこなす。
おのっち、理、環のヘアメイクを終えたお八つ時、オレの前には四人の和装男子が揃った。
「いいな」
「うん。イイ」
叔父と自分らの見立てを自画自賛して拳を合わせる。ここから先はオレのターンだ。
「んじゃ、撮ります!」
「うるしーさんが撮るんですか?」
「うん。叔父貴は店あるし、写真もデザインもわかんないからね。チェックはしてもらうけど、基本オレが作るよ!」
手早くカメラの支度を整えてると、機材が見慣れないのか、おのっちとまっちーが遠目に覗いてくる。環や理を適当に立たせて露出とか確認してると、こそこそおしゃべりするのが聞こえた。
「なんだか有川さんみたいだね」
「僕も思った」
楽しそうに話してるなら、友達?って話を広げられるんだけど、ちょっとげんなりした風に話されると掘り下げるの怖いじゃんよ。どんな人なのアリカワサン。
後々編集しやすいように無地のバカでかい布を垂らしただけの簡易スタジオに、オレのモデルたちを呼んだ。
「とりあえず、四人並んでみよーか!あ、そこらへんの小道具使っていいからね」
「並べって言われてもなー」
「自然体で!」
「新社会人組ガッチガチだけど」
言われて見れば、まっちーの眉間に皺が寄って、おのっちの眉は八の字になってる。二人とも笑顔とは程遠かった。
アイドルのカレンダー作りたいわけじゃないから笑顔である必要はないんだけど、緊張に凝り固まった感じはカッコいい大人とは言えないからなんとかしないといけない。
「ど、どうすれば……?」
「しぜんたいで!」
「基、も少しマシな指示出せ」
「えー?じゃあねー」
一通り、リラックスさせようと体を動かすようにあれこれ言ってみる。吐いて、吸って、首と肩を解して、あーって声を出して、また深呼吸して。これだけでだいぶ楽になるはずだ。
呼吸止めないで、とだけ指示をして、並んだ状態で何枚か撮る。視線を散らせばそれっぽいのが撮れるけど、楽しそうな感じがもう少し欲しい。あと、もう一つの使えない理由がデカイ。
「うん、いいね。いいんだけど」
「うーん……けど、だな」
「?……何かだめですか?」
理も感づいてて同意してくれた。多分この中で一番ちゃんとやらなきゃと思ってる若者組が不安そうな顔になる。
「ダメじゃないよ。二人の写真とか、ちょっとした旅行の記念だったら問題ないんだけどね」
「カタログに載せて配るのはな」
「恋人オーラ出すぎちゃってるとね。さすがにね」
「え、……え⁉」
「……そう、ですか?」
無意識かー、デスヨネー。意識してやってたらそっちの方が問題だよねー。
意識してなんとかなるなら頑張ってもらいたいけど、そうもいかないだろう。オレたちプロじゃないし。
楽しく面白いもの作れればいいっていうスタンスは、まだ若い彼らには力の抜き方が難しいようだ。でも、なんで?って顔で見られちゃうと、とりあえず現状を伝えてあげるくらいはしなきゃかなと思う。
「初めての場所、初対面のひと、慣れない服と写真撮影。不安のせいでお互いに助けてってなってるから見つめ合っちゃってて、その視線が大変色っぽい」
「わーわーわー!」
若いっていいなー。真っ赤になっちゃったよ。
理にはもう少しオブラートに包めよって顔で呆れられたけど、今ので身体中ポカポカだろう。緊張吹っ飛んだなら結果オーライだ。
「や、いーよ!いいの撮れたし、これは後で送ってあげるね。カタログ用のは別れて撮ろっか」
「ピン?」
「も、欲しいけど、もうちょっと慣れてからかな。じゃ、理と環でお手本を」
「やだ」
若者かわいー!な和やかムードを、理の一言が凍らせる。今の今までいいお兄ちゃんしてたじゃん、どうしたし。
「……理サン?」
「環と二人で撮るのはヤダ」
「え?なんでよ。撮ろうよー」
「そうだよ、撮ろうよ。おのっちとまっちーの二の舞になっても、オレの神編集データが手元に届くだけだよ」
「それが嫌なんだよ!」
うわ、カッコ悪りぃ。と、言う寸前で飲み込んだオレを誰か褒めてくれ。
理、それは言っちゃダメじゃね?と思うけど、せっかくお兄ちゃんしてんのに緩んだ顔見られんのは抵抗があんのかな。一番不憫なのは拒否られた環だけど。
「えー?もう、仕方ないなあ。じゃあいっぱい隠し撮りしとくね」
「すんな!」
「んー、じゃ、とりあえず環とまっちーいってみようか。黒髪コンビ!」
赤面が治らないおのっちは、もう少し放置してあげないといけない。気を遣える男だなあ、オレ。
簡易スタジオと、あと縁側でも何枚か撮る。おしゃべりして、小道具で遊んでいいよって言っただけなんだけど、五分足らずで続行を諦めた。
「なんか……ダメだね」
「ダメだな」
撮った十数枚を理と確認するけど、やっぱダメっぽい。
最初は環がまっちーの頭を撫でただけだった。でもそこがダメだったんだろう。撫で心地がよかったのか、ほっぺ突いたり伸ばしたりとよくわからない戯れ方をして、縁側に出たら膝枕までし始めた。まっちーはまっちーで抵抗しないからされるがままだ。
流石のうるしーもここまで使えそうにないとしかめっ面になるぞ、真面目にやれ環。
「し、しん、だいじょうぶ?食べられたりしない?」
「やだなー、とって食べたりしないよー」
おのっちが心配で顔青くしちゃってんじゃん。環的には犬撫でてる感じかもしれないが、傍目に見ると口説いてるみたいっていうか、イチャついてるようにしか見えないんだよ。
そんでな、これが一番問題なんだけどさ。隣で画面を睨んでる理がちょっと怖いんだ。誰か気づいて。環は気づいててやってんだろ、テメエ覚えてろよ。
「女の子向け企画だったら使ってもいいけど、今回はあくまで男の子向けだからアウト」
「ちぇー」
「ハイ、もうちょっと真面目にやってね!次、理とおのっち!」
しばらく待ちだと思ってまっちーの膝でそのまま寝ようとした環の頭を理が蹴飛ばした。とりあえずそれで満足したのか、おのっちの隣に立った理はいつもの顔だ。伊達に片思い隠したまま幼馴染やってたんじゃねえなって悲しい感心をしてしまう。
対して、おのっちはまだ固い。呼吸は忘れないようにって意識はしてくれてるんだけど。
「おのっち、リラックス、リラックス〜」
「そ、そう言われましても」
「ほーら、理がお兄ちゃんの顔してるよー」
「うっせえ」
理はからかうとすぐ怖い顔になっちゃうなあ。今、おのっちがすげえ自然に笑えてたのに。
もともと理には懐いてたからか、十分も撮ってればおのっちの緊張も解れてくる。自然な感じで大変よろしい写真が結構な枚数撮れて一安心だ。
そのまましばらく撮ってたら、理たちが花札とかベイゴマとかで遊び始めた。熱中されるとただ時間が過ぎてくから一本勝負だけど、二人とも楽しそうだ。
その様子を眺めるまっちーに、さっきの理みたいなトゲトゲしさは全くない。そわそわしてるような気がするけど、おのっちが理と楽しそうなことにやきもち妬いてんのか、理と楽しそうなおのっち羨ましいと思ってんのか判別がつかなかった。そっか、二人とも好きなんだねってことでいいんだろういか。
「……まっちー、混ざる?いいよ、一緒に遊んできて」
「え、ずるい。おれだけ仲間はずれ⁉」
いいの?って顔したまっちーより先に環が声を上げた。ここで拗ねられても面倒なので、仕方なく許して、しばらく遊んでもらうことにする。使えるかはわかんないものは思い出にすればいいので、存分に楽しんでもらおう。
うん、なんか思い出アルバムが一冊できそうだ。データじゃなくて本にしよ。
頭の端で構想を練りながら撮り続け、カメラ係じゃなくて普通に混ざりたくなってきたところで切り上げて、今度は理とまっちーでツーショットを撮る。
「なんか、安定感あるな」
「本当ですね……真すごい」
「慣れてきたってのもあるんだろうけど……まっちー、肝が据わってるっていうか、度胸あるから本番に強い感するね。頼もしい」
「がんばれよ、彼氏」
「う、はい……」
外野の茶々など聞こえてないかのように、理もまっちーも普通に和んでいた。途中、叔父がお茶を入れ直してくれて、ただの午後のお茶会状態だ。
「ちょ、待った待った、おじいちゃんのお茶会にしないで!なんか若者要素入れて!」
「なんだよ、若者要素って」
「え、なんだろ。なんかない?おのっち、小道具探して」
「えっ⁉︎えっと……あっ、これビードロですか?」
「でかし、た、か?ビードロって若者要素じゃなくておじいちゃん要素じゃない?おのっちよく知ってんね?」
さっきだって、今時の部品組み立てるんじゃない昔ながらのベイゴマとかやってたけど、今更気づいた。小道具が古くさすぎる。多分二十歳そこらの子が知らないの結構ある。
おのっちとまっちーが普通に馴染んでるからうっかりしてた。どうやるんですか?とか、これ何ですか?とか、一回もなかったもん。とんだトラップだ。
「なんで二人ともそんな昔のおもちゃ詳しいの?」
「え?祖父がこういうの好きで、家にいろいろあるので」
「僕は本で読みました」
旧家って言ってもいい家の出の理と、理の幼馴染の環が知ってんのはわからんでもないけど、東京の若者で知ってる子は相当稀有なはずだ。この子らが特殊なだけだった。
ぽっぺん、ぽぴんとビードロを鳴らして、理が別にいいんじゃねーの、と曰う。
「キセルの代わりみたいなもんだろ。古くてわかんないけど、わかんないからカッコイイってことにしとけば?」
「キセルもあるけど、喫煙者いないしな……うーん」
ぽんぺん、ぽぴん、ぽん。軽妙な音を鳴らす理と、それに耳を傾けるまっちーの姿をファインダー越しに覗いてシャッターを切ってみた。
故きを温めて新しきを知る。身の内に伝統を焚きしめているような二人に古事成語を思い出したけど、見てるうちに愛着が湧いてくる。
「……うん。ま、いっか!」
そこまで高尚なもん作ろうとしてるわけじゃねーしな。楽しければいいのだ。面白いものが作れればいいのだ。初志貫徹しようじゃないか。
開き直ってどんどん撮った。時間はあっという間に過ぎて、いつまで交代なしなの、って理に文句言われてようやく最後の一組の撮影に移る。
「固い、かたいよ、おのっち!さっき普通に笑えてたじゃん!」
「そうだよ、クォーターの本気を見せる時だよ」
「そんなこと言われても!」
「ちょっと待ってクォーターって何⁉」
まっちーたちに時間をかけすぎたのか、おのっちのぎこちなさが復活しちゃってた。最低限の情報だけしか知らないオレは、おのっちのじーさんがフランス人だとこの時ようやく知ったからめっちゃ掘り下げたかったんだけど、今は撮影が先だ。もうすぐ日が暮れる。
なんだろ、おのっちもまっちーも、若干環に苦手意識持ってるんだろうか。そこまでじゃない気もするんだけど……理にめっちゃ懐いてて環は普通、みたいな感じか。
「真くん、ちょっと……」
「はい?」
何かを思いついたのか、理がまっちーに耳打ちする。こくこく頷いたまっちーが、カメラの写角に入らない位置に進んで口を開いた。
「将宗。かっこいいぞ。自信持て」
好きな人の一言ってのはこんなにも人を変えるのか。一瞬で花開いた笑顔に、チャンスは逃すまいとシャッターを切りまくる。
「すげー笑顔!すごいすごい、その調子!視線こっちね!」
環が少し不満そうな顔をしたけど、何かに気づいて自信満々に笑んだ。声には出さなかったんだろうが、理がなんか言ったな、これは。男の子って単純でやーね。
水着のグラビア撮影かよってノリでオレもバシャバシャ撮ってくけど、一つ問題があった。言わないわけにはいかない。なぜなら、表紙に使えそうなのがまだ撮れてないから。
「いいよ、二人とも!でもごめんね、いい笑顔すぎて使えるかどうか微妙!」
「え、だめ?」
「……やりすぎたか」
「すみません、お力になれず」
「ご、ごめんなさい……」
一様に、あ、だめ?っていう雰囲気になっちゃう。オレだってさっきのテンションで撮影したいけどわかってくれ。これ以上かわいい写真が増えても、思い出アルバムが厚くなるだけでカタログに反映されない。
さて、どうしたものかと何度目になるかわからない知恵絞りタイムが始まった時、環が今更とも思える質問を寄越した。
「うるしーはどんなのがいいの?」
「なんか、意図せずかわいいのばっかになっちゃったから、かっこいいの欲しい。学生が憧れるようなやつ」
「ふーん。……ね、おのっち」
「え?」
さっき理がやったように、今度は環がおのっちに耳打ちを始めた。さっきよりずっと長い。
ぼそぼそとおのっちだけに聞こえる声量の言葉を聞きながら、おのっちの表情がしだいに変わっていく。
「……なんだか、見られてる気がするんですが」
「まっちー、オカズにされてる感あるね」
「環のやつ、余計なことを……」
「でも、いい感じに色気出てるよ。これは女の子にもウケそう」
表情の変化を追うみたいに、間を空けずに写真に収めていく。恋は人を変えるっていうのを、こんなにもまざまざと見せられたのは初めてだ。これだから、人と関わるのは止められない。
ちらっと盗み見れば、おのっちにあてられたのか、まっちーも落ち着かない顔をしていた。四人で並んで撮っていた時とも違う、恋人を求める目だ。
淡白そうな雰囲気なのに、やっぱり男なんだな。温度差にゾクリと背が震えたけれど、心はワクワクと高鳴っていた。
「えー、本日は遠いところご足労、並びにご協力いただき誠にありがとうございました!せっかくの料理が冷めないうちにさっさと始めたいと思います!お疲れさま!カンパーイ!」
「かんぱーい!」
夜、港の方まで車で移動して、予約していた店に入った。
時々思い出したようにあったかかったりするけれど、まだまだ冬。冬といえば、鍋だ。
「あんこう、初めて食べました」
「おいしいですね!」
「うんうん。お口にあって何よりだ!他の刺身も、野菜も美味いぞ!いっぱい食えよ、若人!」
大量に撮った写真は叔父も気にいるものが多く、撮影は大成功に終わった。編集、印刷、製本の作業は残っているが、協力をお願いした理たちの仕事はこれで終わりだ。約束通り、叔父の金でドブ汁を囲んでいる。
帰りに運転するオレ以外は酒も入って、宴席は楽しく、やかましく、美味い。聞き損ねたパーソナルデータや、個人の連絡先の交換なんかも交えながら夜はゆっくりと更けていく。
叔父が手洗いに席を立った時、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、環。おのっちと撮ってる時なんて言ってたん?」
「ん?」
「なんか急に顔つき変わったじゃん。すげー面白かったけど、なんて言ったの」
「あー……」
顔色こそ変わらないけど、酒が入って二割り増しでのんびりした声で環が答える。
「あの服の中、どうなってると思う?って」
「やん、おっさんの下ネタだった」
「サイテーだな」
理は声に出してくれたが、まっちーは言葉もなくげんなりした顔をした。ごめんね、食事中にする話じゃなかったや。
これはおのっちにも飛び火が、と思ったけど、一番酒が弱かったらしい彼はうとうと船をこぎ始めている。まあ、理もまっちーもよっぽどでない限り環よりおのっちの味方だろうから大丈夫か。
「もうちょっとオブラートには包んだけどね?カッコイイのっていうから、オスの顔してもらうのが早いかなって」
「オレのオーダーのせいかよ。確かにそんな感じでめっちゃいいの撮れたけど」
あ、オレまで睨まないで理。結果は残したけど方法間違えたのは環だよ。言い訳にもなってない戯言は声に出しても出さなくても結果は変わりそうにないから、これ、もう無礼講だよねと開き直ってみる。
屍となった環への信頼を踏み台にして、もうちょっと突っ込んだこと聞いてみよう。聞いてみたいけど、今以外でいつ聞くよって感じだし。
「そういえばさー、おのっちとまっちーって」
名前に反応して、おのっちが半分くらい覚醒してオレを見た。うん、もうちょっとがんばって。二人の反応が見たいし、意見は双方から聞かないとね。
少しだけ机に乗り出して、万一にも外に漏れないように小さな声を出す。
「タチネコどっちがどっち?」
「ぶっ⁉︎」
「っあっつ、……⁉」
「おい、おっさんはどっちだよ。ふつーにセクハラだろそれ」
「えー?」
だって気になっちゃったんだもん。
ちょうどくたくたに煮えた白菜を口に入れようとしてたまっちーがむせちゃったので、背をさすってやる。男同士だからこそデリケートなんだろうけど、男同士でカミングアウト済みなんだからぶっちゃけトークもしたっていいじゃん。
酔いとは関係なく真っ赤になっているおのっちの反応は女子かよと思うけど、昼間のあの顔は完全にオスのそれだった。じゃあ黙秘を決め込んだまっちーはネコっぽいかと聞かれると、男前すぎて確信が持てない。
ちなみに、環はバリタチだろうなと思ってるし、理は環相手なら結局なんでも許しそうだから環理は固定カップル、ていうのがオレの結論だ。
当事者が答えてくれないから、妙な沈黙が降りたけど、鍋は変わらず美味い。酒が飲めない分、食事は存分にさせてもらう。最後の雑炊に汁を残しておかないといけないのだが、美味しくてなかなか止まらない。
「あ、そだ、おのっち。ちょっとオススメの体位あってさ」
「ぶふっ」
「食事中!」
「ふぎゃっ⁉︎」
しばらく食事の音だけが響いていた空間に、理の叱咤と、環の悲鳴と、環の額が机とキスする音が響いた。
うわあ痛そう。と思ってたら、ふふ、と笑う声が聞こえた。顔をあげればまっちーが口元を隠して笑っている。酒の力は偉大だ。
同じ釜の飯を食べて、コイバナも下ネタも話した。オレたちはもう友達だ。オレは初めましてだったけど、大分仲良くなれたと思う。
楽しい話も、真面目な話も、ちょっとえっちな話も、たくさんしよう。ちゃんとは理解してやれなくても、一番の味方でいてやるからな。
そんな風に思える友達が増えたことを嬉しいと思う。縁がつながったことをありがたく思う。
これから待っているだろう、たくさんの楽しいことを思って、期待に頬が緩んで仕方なかった。
了
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