第九十三話 変化の把握

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第九十三話 変化の把握

 ───昼食を摂り終えた黒の男は娘と共に村を発ち、森の中で馬  に乗り揺られていた。馬の足元にはドラゴンの姿も。 「ふむ。結構揺れてしまうな……。イリサ、気分の方は大丈夫か  い?」  馬上。私の前に座らせたイリサ越し、手綱を操り慎重に馬をコン  トロール。とは言ってもやはり舗装などされていない森の中。剥  き出しの根に盛り上がった地面を歩かせれば、当然揺れの振り幅  は安定しない。私の錆び付いた乗馬技術───は問題なかった。  これも感覚での理解力のお陰だ。基礎、事前知識が私にあったの  で乗馬の技術を感覚頼りに扱う事が出来ている。  しかし馬に乗るのが初めてだろうイリサが酔っていないか、それ  が心配で仕方ないのだ。 「大丈夫です。気分の方も揺れが心地よくて……。はふ。思わず  眠くなってしまいます」  静かに振り返り、閉じかけた瞳と、柔らかな笑顔で応える娘の  姿。おお何と眩しい物だろうか。これでは頬が緩みきってしまう  じゃないか。私は頬が緩むのを感じつつ、酔っていないらしいイ  リサへ。 「はは、それは良かった。何らメンヒまで昼寝でもしてみるか  い? きっと気持ちが良いはずさ」 「ここでお昼寝……ですか?」  驚くイリサに私は言葉を続ける。 「ああそうだよ。今日は気持ちの良い陽気だし、揺れは眠気を誘  う。一人なら危ないが今は私が手綱を握っている。だから眠って  も平気だよ」 「でも、でも良いのでしょうか? まだ日が高い時間からお昼寝  だなんて……」 「そう悪い事は何もないと思うがなぁ」  まさにいい子の手本の様な事を言うイリサ。時間に厳しい社会へ  属し、生きているならばその通りだろう。だが此処は自給自足で  生活している場所。規則正しくあっても時間への制約は緩やかな  物。だから絶好な昼寝日和に、贅沢な昼寝を満喫したって誰に怒  られやしない。常日頃怠惰な日々を送ってる訳でも無し。  ……しかし、だ。ここは我が子の誠実さ、素直さを尊重すべきか  も知れない場面。であれば。 「まあ気になると言うのなら無理にとは言わないよ。それに不安  定な馬上で私に背を預けたり、腕に頭を預けたりするのはやっぱ  り危険かも───」 「ッ!!」 「! おっとと」  言葉の途中で“ぽふっ”と体を後ろの私へ預けるイリサ。  娘の頭が胸の辺りでそわつくので、私は左の肩を僅かに前へ動か  し、頭が落ち着ける場所を作り出す。 「! ……」  行動は伝わったらしく、其処へイリサの頭が預けられ。落ち着い  たのを確認しては。 「また急だね」 「……はしたなかった、でしょうか?」  恥ずかしそうに小声で話す愛らしき娘。今のが“はしたない”だ  って? 「そんな事ない。今のは“はしたない”ではなく“愛らしい”の  間違いさ」 「! んんっ」  軽い咳払いをしては、此方に顔が見えない様外へと向けるイリ  サ。しかしここまでの至近距離だ、半分も隠せやしない。  私は前に注意を払いつつも“チラリ”と視線を落とす。 「……」  落とした先では笑っている様な、もしかしたら恥じらっている  様な。兎に角思わず“ギュッ”と抱きしめくなる表情を浮かべ  た娘が一人。  もしも今、馬の手綱を握っていなければ、きっと躊躇い無く抱  きしめていたに違いない。安全上の理由で叶わぬ行動を残念に  思いながら。 「それで? イリサは昼寝をする事にしたのかな?」 「うー……。悩んでいます」  イリサは外へ向けた顔を正面へ戻しては。 「とっても魅力的な提案で、深く悩んでしまいます」 「深く悩む? それ程の事かな?」 「勿論です。だってお昼寝をしてしまったら、お父さんと一緒に  乗馬を楽しみながらお話が出来なくなってしまうんですよ?」 「ふーむ」  可愛い事を言う物だ。これからの移動は出来るだけ乗馬で行お  うか。 「でも、でもこうしてお父さんに身を預け、暖かさに包まれ馬上  で眠る。ああ、ああそれは何て素敵な体験なのでしょう……」 「ふ。素敵な体験か」  その言い方は少し照れるな。 「もう……。本当にどうしたら良いのかしら」  等と。娘は甚く真面目に、真剣に悩み始めてしまう。  ううむ。何かと忙しい日々を送っていは居るが、イリサを蔑ろに  はして来なかったはず。例え集中していようと、無意識で私はイ  リサを大切に扱うだろう。……だが。 「(戦いの準備、油断できないこの状況。様々な理由でイリサは  心を休められないのかも知れない)」  それに狩りの後、作業に没頭して居た私は娘の近くには居たが、  側には居なかった。  だからこそ今イリサは私との時間を精一杯楽しもとしているの  では? そう考えると胸が締め付けられ、申し訳ない思いが沸々  とこみ上げる。もっともっと娘を愛し、共に過ごす時間を大切に  しなければ。 「(……だが今の状況を考えれば難しい。まだまだ危機は去って  おらず、その対策も出来ていない。言ってしまえばもう村が安全  では無いのだ。その事はステリオンに住む者の皆が肌で感じてい  る事だろう)」  だが私はどんな状況、理由であろうと娘を蔑ろにはしたくない。  何時かの約束通り、そして父親としてあり続ける為に。  不確定ながらも確実に迫っているであろう報復、迫害の危機。そ  の対抗策に考えを巡らせつつ、同時に愛する娘に朗らかな日常を  過ごさせねばならない。これは父親としての私に課せられた絶対  の義務。守るべき約束。 「決めましたッ」 「!」  約束を確かと胸に思っていれば、その胸辺りから娘の決意の声が  上がり。 「今日はお昼寝しません。お父さんと一緒に乗馬を目一杯楽しむ  事にします」 「ふ。そうかい」 「はいッ!」  イリサはどうするかを決めたらしい。となれば早速父親らしく義  務を果たそう。 「乗馬を楽しむ為に、少し歩を緩め、景色を楽しみながら行こう  かい?」 「まあ、それは素晴らしい提案です! ……それであの、お父さ  ん」 「うん?」  馬の歩を緩ませつつイリサに応える。 「お昼寝はしません。ですがその、このまま身を預けて居ても構  わないでしょうか?」  此方に期待しては請う娘の姿。何と容易い事を頼むのか。 「イリサの頼みを断る訳無い。勿論良いとも」 「! ありがとうございます! ふふふ、お父ーさん」  一度、まるでじゃれるように頭を私の胸で擦る娘。……もう一度  今の愛らしい所作が見られるのなら、私は何度でもイリサを乗馬  へ誘うだろう。乗馬の素晴らしさを痛感し、私も娘との乗馬の一  時を精一杯楽しむ事に。  揺れる馬上、背を預けるイリサは揺れに合わせ僅かに頭を左右へ  ゆらゆらり。やがては。 「~~♪」  鼻歌までも微かに聞こえだす。  ああこの瞬間には、私に必要な全てが存在している。掛け替えな  無い時間に生きていると言う、強い実感。娘と過ごす時間は正に  至福の一時。これにはどんな金銀財宝も敵うまい。 『ッ、ッ』  満たされた時間を感じ入っていると。同じ時間を共有する我が家  のペットが。 「あら? 見てくださいお父さん。クロドアが燥いでいますよ」 「何か木の実、それとも小動物でも見付けたかな?」  私とイリサが跨る馬の横を駆け抜けた。小型な頃も素早かった  が、大きくなった今もその俊敏な動きは損なわれていない。  クロドアは私達より少し先行しては。 『……』  靭やかな足で大地を然と踏みつけ尻尾を揺らし。長い首を立てて  は此方を一度振り返る。金色の双眸が森の中、怪しい魅力を放っ  ている。ああ何と格好良く、そしてドラゴンにしては可愛らしい  仕草で振り返るのか。我が家のドラゴンは娘同様最強かも知れな  い。 「クロドアー。余り離れてはダメですよー?」 『!』  イリサの声に一つ反応して見せては直様馬の横へと駆け戻って来  る。相変わらずイリサによく懐き、そして従順だ。  羽根を軽く羽ばたかせ此方に走るペットの姿は、幻想生物らしい  魅力に満ち溢れている。 「(私の元居た世界では仮想世界と言う物が、現実と見紛う程に  進歩していたが)」  しかし現実感と言う確かな物は何処か感じられず。何処まで行っ  ても仮想世界の感覚は決して無くならない物だった。  まあ没入感を阻害する程の物ではなかったがね。しかしそのお陰  で今、この異世界で魔法を見ては驚き、幻想生物に心踊れるのだ  から、あれはあれで良かったのだろう。 『ッ!』  此方へ辿り着いたクロドアは側に並走し、イリサが馬上から手を  振れば、羽根を羽ばたかせてはその場で一度ジャンプをして見せ  る。こんな愛くるしい仕草をするドラゴンが居るだろうか? 全  く異世界は最高だな。 「ふ」 「あはは、お上手ですよクロドア」 『!!』  ペットの姿に思わずイリサと一緒に笑みが溢れてしまう。クロド  アは愛らしさと、そして恐ろしさを併せ持つ無敵のペットだな。 「(ふむ。思えばこの馬も随分クロドア、いやドラゴンに慣れた  ものだ)」  ドラゴン、龍と言う生物はこの異世界での食物連鎖、その上位に  食い込む種族で間違いない。事実馬たちはまだ幼いであろうこの  クロドア、と言っても大型犬近くにまで成長したが……。それで  も馬たちの方がまだまだ大きい。だがそれでもクロドアに怯えき  っており、村で捕まえた馬の中で唯一この馬だけが慣れさせる事  に成功した貴重な一頭なのだ。 「(まあ。馬は元来臆病、繊細な生き物だと言うしな)」  村で確保した他の馬達は未だクロドアが側を歩くだけでパニック  を起こしてしまい、とても乗れたものではない。  貴族共の襲撃は許し難い物だったが、身につけていた鉄製品や馬  と行った戦果を僅か得られた事は、私達にとっての少ない慰めだ  ろう。  ……本当に襲撃者には困ったものだ。面倒事しか残していかない  厄介者達め。 「~~♪~~~♪」 『! !!』 「(……今は忘れよう)」  この一時。迫る危機に頭を使わず、メンヒまでの道をただ心穏や  かに楽しむとしよう。愛する娘、家族と共に───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───深い森を抜けた先には、最早見慣れた平原の姿。  私は手綱を操り、馬の歩を離れた場所に見える村へと向かわせ  る。  そうして村へ近付く途中小さな疑問が彼方に“見えた。”それは  近付く度に大きくなり、やがて疑問は驚きへ取って代わり。 「あれは……飛竜でしょうか?」 「……みたい、だな」  飛竜。それが村の側で何匹も寛いでいるのだ。この村に居る事自  体は驚かない。だがどう言う事だ? メンヒ村の人間達はまだ飛  竜の存在を受け入れるには時間が、と言う話しだったはず。  取り敢えずの措置として村の近く、平原に点在する小さな森へ  彼らを移して居たはずなのだが……。  それが今や村の直ぐ側、平原で寝そべる飛竜達。私達が村の入口  へ近付くと。 『『『!』』』  首だけを立て顔を此方へ向けるも。 『『『! ………』』』  直ぐに首を畳み昼寝らしきへ戻って行く。特に此方へ何をする気  は無いらしい。 「「……」」  飛竜の側には村人の何人かが木の桶を手に持ち、寛ぐ飛竜へ水を  振りかけている。あの飛竜種はある程度の湿り気が必要らしい。 「リベルテもたまにああして自分の飛竜にお水を振りかけてまし  た」 「ほう」  今度見物させてもらおう。  私は番犬、いや番竜か? そんな飛竜達の様子に注意しながら村  の入口へ向かう。すると。 「! おお魔女様方、ご無事でしたか!」 「魔女様よくぞお出でくださいました!」 「ああ。(無事、とはあの出来事の事か。貴族の誘導はこの近く  からだったし、当然貴族共の事は知ってる訳だな)」  見張りの村人二人へ返事を返しつつ馬を降り、次にイリサへ手を  貸し降ろしては。 「早速で申し訳ありませんがオットーさんは何処に居ます? 少  しお話がありまして」  最初の襲撃以来この村へ訪ねるのは随分久しぶりだ。二回目の時  にも此処へは来なかったからな。  間があるのであれば、村の近況、飛竜事情を知る一番の近道は、  この村で親交のある人物に聞くのが一番だろう。考えた私は目的  の人物。その所在を尋ねた、が。 「「……」」  見張りの二人は思わしくない表情を浮かばせる。  それは“何かがあった。”と言っているに等しい。まさか彼は死  でしまったのだろうか? 病気、怪我、魔物。武装した貴族連中以  外にも危険のある異世界だ、何でもあり得る事だろう。 「魔女様ー!」 「「「!」」」  村の奥から一人の少女が私の通称を呼び駆け寄って来る。彼女は  目的の人物の娘、フィリッパと言う名の少女だったろう。  此方に来た少女は酷く慌てた様子と同時に、何かを淡く期待する  瞳を此方に見せ。 「お家、お家に来てッ!」 「家?」 「そう、早く早く!」  凄い取り乱しっぷりだな。まずは落ち着かせたい所だが……。 「少し落ち着きましょう。フィさん」 「でも!」 「ええ」  優しく声を掛けたイリサはそのまま少女の側へ近付き。 「大丈夫。私と一緒に、ゆっくりと呼吸をして……」 「う、うん。……」  そうして一つ深呼吸を共にすると。少女は幾分か落ち着きを取り  戻した様子。  イリサのコミュニケーション能力の高さには本当に良く驚かされ  る。長い間人と接して来なかったとは思えない程に、高いのだか  ら。  そんな自慢の娘が此方に一度視線を向ける、その意図を理解した  私は頷きを返し、頷きを受け取ったイリサが。 「……。フィさん、落ち着きましたか?」 「うん」 「では何をそれ程慌てていたのか話してくれますか?」 「あの、あのね。お家で、おとうさんが! おとうさんが大変な  の!」 「大変?」 「とにかく、あの、あのッ!」  言葉に詰まり出す少女。これ以上は聞き出せそうにない。  一杯一杯な少女から溢れた断片的な情報、それから読み取れた  事は父親に何かが、と言う事だけ。 「お父さん」 「分かってるよ」  言葉と息に詰まりだした少女に代わりイリサが私を呼ぶ。その  言葉には少女を案ずる思いが籠められていた。なので私は。 「すみません。馬をお願いできますか?」 「あ、ああ勿論でさあ」 「俺達がバッチリ馬を見ときやす」  馬を見張りの村人へ預け。 「お願いします。フィリッパさん、家に案内してください」 「うん!」 「行きますよクロドア」 『……? !』  見張りの二人へ馬を預け、逸る少女に先導される形で私達はオッ  トー氏の自宅へ向かう事に。途中、家屋の屋根上で羽根を休ませ  る飛竜を横目に見つつ───  ───慌て逸る少女が家の扉を開けドタドタと中へ。 「魔女様が、魔女様が来てくれたよー!」  そう叫んでは家の奥へ駆け姿を消す。……ふむ。 「取り敢えず勝手に上がらせてもらおうか」 「はい」 『……?』  私達は何時ものようにダイニングで待たせてもらう事に。  玄関から上がりテーブルの置かれたダイニングにて、椅子に座り  待たっていると。部屋奥から物音と共に。 「魔女様、無事でいやしたか」 「! オットーさん」  現れたのは妻と息子に肩を借り、よろよろと歩き出て来たオット  ー氏の姿。どう見ても元気とは言い難い。顔は大きく腫れ、呼吸  も浅い様子。私は席を立ち彼が座れるよう椅子を引いては。 「ああすみません魔女様」 「すまねえです」 「お気になさらさず」  彼の妻と彼に会釈を返し座るのを手伝う。そうして彼が席へ着い  た所で。 「此方でも何かがあったんですね?」 「ええまあ……」 「良ければお話願えますか?」 「もちろんでさあ。実は───」  彼の側に立ち、交流の無かった間のメンヒで何があったかを確か  める事に。  オットー氏は脇を押さえながらもあの日の事、私が森へ貴族共を  招待した時。メンヒで何があったのかを軽く話してくれた。  彼の話によれば何でも此処に貴族のお供で付いてきた商人と、商  人に雇われたゴロツキ達が立ち寄り。取り立てと称し女子供、金  品を奪いに来たのだとか。 「それは……。申し訳ない」 「いえそんッ! 痛!?つつ……」 「あんた大声は駄目だよ!」 「父さん急に動くのも!」  彼は少し顔を沈め、身振りで『分かった。』と周りへ示す。  オットー氏が襲われたのは私の責任だろう。この村は私に近い存  在だ。物理的にも、関係的にも。彼らの商いへ口も出したしな。  商人が損をしたとすれば、それだろう。しかし。 「助かる為に私を売らなかったんですか?」 「……魔女様には、呼んだ連中が村で何かあれば、自分を売るよ  うにと言われてましたがね、俺らだって恩を仇で返す恥知らずに  ゃあなりたか無いですよ」  狩場へ貴族共を呼び込む前日の事だ。それまで私個人不通と成っ  ていたが、彼らにはゴブリンを通じ我が村に貴族を招く旨を伝  え。もしも彼らがこの村で何かしようものなら、森に住む私に脅  されたとでも言うようにと。そう伝言を預けた。  生憎善意からでは無い。その方が貴族を上手く誘導出来るだろう  と思い。全てが済んだ後はメンヒの人へ負い目を与えられるだろ  うと、そんな打算からの物だったのだが……。 「このメンヒで魔女様を売ろうなんて薄情なヤツ、いやしないで  すぜ」  良い人と言うのは何処にでも居る者だ。誰もそれと気が付けず、  信じられないと言うだけで。私も彼らの善人具合を甘く見ていた  な。 「そうとは思っていませんが、申し訳ない。貴方方には大変失礼  な気遣いをしてしまいましたね。どうかお許しを」 「いえいえ! それにこれは貴族とは関係無い、どっちかと言え  ばこの村の問題でしたから。痛ッ……」 「おとうさん!」 「父さん!」 「へへ。大丈夫、こんぐらい大丈夫だ」 「強がって……。でも本当に困ったね。アンタこの村にはお医者  様も薬師様も居ないし、今じゃ町の医者も頼れるかどうか……」  私には、彼らに負い目を感じる物が何も無い。この村で見られ、  存在を知られただろう事から、遠からず何かで此処を巻き込む事  は分かっていた。だとしてもと押したのは自分たちの村、利益を  優先しての事。生きるために必要だった行為、それに負い目など  感じはしない。生憎と私は人外で、そして善人では無いからだ。  ……まあでも。 「少し良いですか?」 「へい?」  彼の、腫れの酷い顔へ手を翳し。 「マギア・エラトマ・エピ(眷族への慈悲)ディオル」 「お、おお?」  人外とて悪人であれ。時に人を癒す事もあろう。悪人ならぬ悪神  ではあるから、神の気まぐれとでもして置くか。……何てな。  私はそんな事を考えながら彼へスキルを行使した。  彼らは私が生命を救った村人で、当然治癒の力があるのは分かっ  ている。だからこそ青年、妻、その娘が私に何を期待しているか  が“ひしひし”と伝わって来ると言う物。しかし当の本人に此方  への打算、催促などの無い様子と。それら家族の必死な思いは、  スキルを使う事への危惧を負かし、私に使わせる気を起こさせ  た。  良い人と言うのは誰にでも好ましいく思えるものだ、本当に。  余り便利屋紛いな事はしたくないのだが、まあこれで此方の頼み  事もしやすく成ると思えば良い対価か。等と考えながら治療を進  めれば。 「───終わりましたよ」  彼に治癒を施すと顔の腫れは直ぐに引き、痛がる度に押さえてい  た脇腹も健康的な色を取り戻す。瀕死だった彼の息子の時とは違  い、随分早い回復だ。恐らくは見た目ほど重傷では無かったのだ  ろう。 「おお、おおおお!」  治った顔や腹を不思議そうに“ペタペタ”と触れ回るオットー  氏に、彼の妻。 「息子ん時も思いましたが魔法ってのは本当に凄いモノなんです  な……」 「はぁー……。噂だと神官様が行う治療は仰々しい儀式だって聞  いてたけど、実際は随分あっさりしたもんなんだねぇ」 「ば、馬鹿野郎! これだってすんごい事だ!……多分!」 「あたしゃ別に凄くないなんて言ってないじゃないか!」  妻が夫の背を強く叩き。 「痛え! 怪我人に何すんだ!?」 「もう治ったんだろ? ならもう怪我人じゃないさ」 「言いやがってこの野郎! 魔女様、背中の痛みを取っちゃくれ  ませんかね? コイツのバカ力が効きやして」  背を此方に向けるオットー氏。いやこれは……。 「愛情、と言うヤツでしょう。私には盗れませんよ」 「そ、そんなあ……」 「そうそう。アタシの愛情、しっかり味わいな」 「酷え愛情だなぁ!」  場には先ほどまであった不安等は無く、替わりに穏やかな空気が  溢れている。治してよかった、此方の方が過ごし易い。 「さて。話の続きを願えますか? 商人が此処へ来て、何故飛竜  が村の中に?」 「! そう、それの話し、もしやすが……」  オットー氏が奥さんへ目配せを送り。 「ウッツ。フィを部屋に連れてってくれるかい」 「オレ? ……」  明らかに渋る息子に鋭い母の眼光が飛び。 「わ、分かったよ。ほら行くぞフィ」 「えーなんで? わたしも魔女様とお話したい。したいした  い」 「これから大事な話があるんだってさ」 「大事って?」 「大事は……大事だよ。良いからほら」 「えーえーえー!」  兄が妹を連れて行こうとするが中々上手く行かない。  この場で意図を理解しているのはこの少女以外だろう。と、そん  なやり取りをする兄妹へ。 「フィさん。良ければ向こうで私と、このクロドアとで少しだけ  お話しをしませんか?」 『?』 「する! するする! 撫でても良い?」  大人なイリサが気を回してくれた。何と出来た娘だろうか。  私はイリサへ感謝を籠めて一度頷いて見せる。それはオットー夫  妻も同様。 「ええ勿論。ふふ。では行きましょうか」 「うん! ほらおにいちゃんも行こ!」 「え? オ、オレも?」 「ええよろしければ是非」 「お、おう。! いえはいッ」 「? 何で顔赤いのおにちゃん?」  そうだ。何故顔を赤らめるのだ青年。何かあるのか?あるの  か? あるとするならそれは何だ? 「赤くないッ!」 「ふーん。あ、そんな事よりもおにいちゃん。ほらねほらね、き  っと魔女様なら助けてくれるって、わたしが信じた通りでし  ょ?」 「……フィさんそれは───」  等と話しつつ三人と一匹は奥の部屋へ。……むむむ。 「さて。アタシは洗いもでもしてるよ」 「ああ頼む」  奥さんが彼らの去った方のドア閉じ、そのまま台所で洗い物を始  める。桶に貯められた水の音が響きだした頃。 「子供達にはあんまり聞かせたくない話しでして」 「みたいですね」 「ええ。それでなんですがね、何で村に飛竜がってのは───」  そう言ってオットー氏はあの日起きた、もう一つの“惨劇”を私  に語ってくれた。  聞けば、強欲な商人とゴロツキ共がこのメンヒを踏み荒らし、そ  の暴挙は村中を襲ったとか。そして、彼らの余らんばかりの蛮行  にあの少女が涙を流し、声を上げた事で事態は一変。 「思うに……。ありゃ、ありゃあ家のを守りに来たんでしょうね  ぇ」  オットー氏が少しの恐怖を目に、言葉に滲ませ話す。  少女が泣くと彼女が卵から育てた飛竜達が、離れた森から村へ次  々飛来し、村を襲った“外敵”を駆逐して回ったとの事。それは  何と……何と面白い話しなのだろうか! ああ幻想的、ああ冒険  的な話だ! 実体験、生の話とも成ればこうも迫力が違うか!  実に心踊る話しじゃないか全く! おっと、お客として燥ぐのは  良くないな。躍る気持ち表さず。 「かつての害獣が今や村の守護獣、っと言う事ですか」 「ええホント。とんでもない話しですよ」  息を吐き捨てる様に笑う彼。合わせて私も笑みを浮かべる。 「それで? 彼らのその後は? まさか飛竜が……」 「いえそんなこたあねえですよ! あー……その。村奥で新しく  作った『寝かせの中』に……ですね」 「はは! それは実に愉快な! 強欲な彼らはさぞ肥えている事で  しょうから、ああきっと良い肥料に成りますよ。ふふふ。」 「………」  愉快な話しに頷き笑いながら。 「それにしても『俺達は肥料が何か気にしない。』ですか。  格好良いセリフですね」 「よ、よしてくだせい。そのまま格好つけて穴掘りなんてしちま  ったから、脇をいわしたんですから」 「ああそれで、ですか」 「へい。それにやっぱ肥料にってのはその……勘弁ですよ」 「それもそうですね」 「なんで、あっこは使わずそのまんまにしやす」 「? 町に売り出す物専用にでも活用すれば良いんじゃ───」 「!」  彼の顔が引き攣る。おっと。 「───と言うのは勿論冗談です。ええそのままにして置きまし  ょう。ええ」 「ですよね、へへ」  オットー氏が顔に出やすいタイプで良かった。お陰で今の発言が  良くないらしいと気が付けたからな。人外的発想には気を付けな  いと、今じゃ人外な考えが私にはあるのだから。いや今のは人外  ではなく外道か? 何方にしろ危ない危ない。  面白い話を聞き、それで気分が高揚してしまった所為だな。  ふーむしかし。 「飛竜がここまで人に懐くとは……」  家窓から外を見れば、飛竜に子供が群がり、飛竜が相手をしてい  る光景。側の大人達はまだ少し警戒している様子だが。それでも  かなりの急接近を許している。  有用性、使える幅を考えれば飛竜はとても頼もしい成果と言えよ  う。 「いっそ飛竜の牧場もでも作ろうかって、そんな冗談まで出てま  すよ若いのから」  素晴らしい。 「それはとても良い考えですね」 「ははは───へ?」 「飼育は今の所順調。後は繁殖が出来ればそれも夢じゃない。  うん、飛竜の牧場、いい考えですね」 「……魔女様本気ですかい?」 「? 勿論」  オットー氏は少し悩んだ様子を見せ。 「ヤツら今でこそ数が少ないから大人しめですが、数が多くなっ  たら分かりませんぜ?」 「その辺は此方としても対策を考えてますが……。まあ実現が可  能になった時にでもそっちは話しましょう」 「? 分かりやした。……魔女様の考え、牧場の話は此方から皆  に伝えておきやす」 「お願いします。ああそれと実はもう一つ、頼み事がありまし  て」 「へい。なんですかい?」 「この村に大工、建築技術をもった人ってのは居ませんか?」 「何人かいやすよ」  お。これはありがたい。さて。 「出来ればその人材を私の村に貸していただきたんです。  と言うのも───」  私は自分の村でゴブリンが死んだ事、家屋が焼き払われた事を  話す。貴族がどうなったか、それは彼が特に聞かなかったので  話さなかった。勿論私からも。  オットー氏は話を聞き終えると。 「なんてこった……。そんな事になってやしたんですね」 「はい。それで良ければ立て直しにメンヒのお力を借りたいと  思いまして」 「勿論でさあ! もう、もう直ぐ呼んできます!」 「え、ええ」  言いながら家を走り出て行ってしまう。私を置いてけぼりで。 「どうぞ」  ダイニングのテーブルへオットー氏の奥さんが飲みもを運んで  来てくれた。 「これはどうも」 「上等な葉でもあればお出しするんですけど……。アタシもこの  家の誰も茶なんて飲まないもんで」 「いえいえ。気遣いだけで十分です」  彼女は申し訳無さそうに一度小さく頷き。 「家のヒトを二度も助けていただいて……。本当にありがとうご  ざいます魔女様」 「いえ。困った隣人は放っては置けませんし、何より私に治せる  程度で良かった」 「ああ魔女様……」  今度は深い礼を此方に見せてくる婦人。身内、家族を救われれば  感謝も一入(ひとしお)か。  冷静に考えれば見た目重傷なモノを容易く治癒して見せた、と言  う訳だ。医者も治癒を扱う神官も居ないとなれば、今後怪我の度  に私を大いに頼ってきそうだな。それはそれで面倒かも知れない  なぁ……。  やはり妄りに見せるべき技術では無かったか? しかし此処の人  は今の所私を頼り切ると言った事も無いし、裏切りも無い。ただ  の善人が住む村で我が村唯一の交流先。であれば大事にしたい気  持ちは確かにある。裏切りや何かあれば、大手を振って自らの悪  を振りかざしもするのだが……。今の所私が持つ悪の矜持に反す  る物が何もない。ただの善人と言うのは、存外にも扱い辛いのか  も知れない。 「ったくあのヒト。日頃言ってたんですよ? 『魔女様に何か恩を返したい、力になれねーか。』って。それで  頼られたのが嬉しくて燥いじゃって。ホント、お待たせしてすみ  ませんねえ」 「……いえ」  結局は持ちつ持たれつが一番か。  私が力を貸し、彼らからも力を借りる。互いを助け合う関係性に  持って行けただけ良しとしよう。御す事まで考えては歪みを生み  そうだしな。  将来の面倒を考え今を見捨てるのも一手だが、恩を稼ぐ事は必ず  何時か期待以上の成果を持って来てくれる。彼らが私を今、信頼  し力に成りたがっている様に。ここが善人の良い所だ。  まあ。稼ぐ相手は慎重に選ばねば痛い目も遭うがね。  そうして考えながら、奥さんと少しだけ言葉を交わしていれば。 「魔女様! 村のを全員連れてきやしたぜ!」 「「「……」」」  彼が建築術をもったらしい村人を数人、いや数十人連れ戻って来  た。多いなと、私が困惑しているとオットー氏が。 「話したら皆喜んで手伝うって申し出てくれやしたよ!」 「ああ。魔女様にはこの村を救ってもらったからなあ!」 「俺達で力に成れるなら喜んで手を貸します!」 「「「……!(力強く頷く筋肉質な男達)」」」  私は席を立ち力を貸してくれると言う彼らへ。 「ありがとうございます」  礼を一つ送る。いや、それにしても本当に多い。 「いいって事ですよ。それで村へは───」  我が村の復興協力を取り付け。その詰めを話す事に。  結果、建築技術を持ったメンヒの人間を三人程を借り受ける事が  決まった。純粋に力を借りるならもっと多くを借りるべきだが、  私は彼らにゴブリンを付け、その技術をゴブリンに学ばせたい。  主目的は其処なのだからな。  なので必要なのは技術を見せてくれる、教えられる技術者数人。  それにタニアから了承は得ていても、今は人間を多く駐留させる  事は避けるべきだろう。当たり障りのない人数では三人が限度  だ。 「では魔女様、俺達は準備をして村の入り口で待ってます」 「お願いします」  建築術を持った村人達が準備のためオットー氏の家を後に。  彼らの準備が出来るまで、私はもう一つ大事な話をオットー氏と  する事に。 「協力の取り付けありがとうございます」 「いやそんな、魔女様のお力に成れるんなら易いもんでさあ。へ  へ」 「ありがたい事です。後もう一つ。もしもこの村、或いは近くを町  の人間が来たのなら私へ教えて欲しいのですが……」 「了解。でもこの村へ報復があったとしても俺達は売りませんぜ」  此処まで来ると本当に人間かと疑いたくなるな。全く、勇気のあ  る善人と言うのは……。 「勿論それはもう分かっています。ただその時は村を捨てて森にで  も逃げてください。……私が何とかしますから」  だが実に好ましい言動だ。優しくされたから優しく、恩には恩を  と言うのが自然と出来る。そんな理想的な隣人に力を貸す位構わ  ない。これは失う事の方が大損だろう。 「! 了解でさあ。しっかし俺達が馬を走らせても教えに行くには  ちょっとばかし時間が───」 「ああそれなら」  彼らへ、この村へ新しい技術を二つ齎そう。  取り出し見せたのはリベルテに与えた物と同種のネックレスと、  掌にすっぽり収まるサイズで、四角形のクリスタル。両方とも魔  道具だ。 「? ネックレス?それにまた小さいクリスタルですかい?」 「ただのネックレスじゃありませんよ。これは飛竜に乗った者を走  行風から守ってくれる優れ物で、此方は緊急の通信機です。まあ  極簡単で一方的な物ですけどね」 「へぇ……」  いまいちな反応だ。まあ水が出たり温まれるクリスタルと比べれ  ば、利便性が分かり辛いな。  こう言う時あの研究者の喜びようは、私を知らず知らず満足させ  る物だったのだと分かる。 「んん。簡単に言えば、このネックレスは着ければ飛竜で少し高く  飛ぶ事が出来るんですよ。木々より高く飛べれば迫る危険にも気  が付きやすいでしょう?」 「おお確かに!」  この村の近くは魔物が普通に出るからな、でっかいネズミの魔物  が。いや、今は魔物よりも人間か。 「それと此方は町の人間が森に入ったら、その時に魔力を籠めてく  ださい」 「それだけで?」 「ええそれだけで私に伝わります。ただしそれ以外では使用しない  でくださいね」 「了解でさあ」  彼に渡した緊急用のクリスタルは二つでセット。片方に魔力が籠  められるともう一方が光を放つ。それだけの物。だが今はそれだ  けでいち早く危機に気が付ける便利な通信手段だ。勿論もう一方  は私が持っているのでね。 「クリスタルはオットーさんが持って使用の有無を見極めてくださ  い。ネックレスの方は誰か適当な───」 「わたしッ!」 「「!」」  突然会話に入って来たのはオットー氏の娘。  彼女は此方に駆け寄り、少し遅れてイリサと少女の兄の姿もダイ  ニングへ。 「もうお話は終わったと思ったのですけど……」 「ああ終わったよ。ありがとうイリサ」 「いえ」  控え目に笑い私との隣へと着くイリサ。 「ねえ魔女様それ、それわたしが貰ってもいいでしょ?ね?」 「ん? んー……」  別に誰が持っても構わない、が。同じ娘を持つ父として彼の意向  を確認せねばな。何より。 「……」  此方に背を向ける奥さんからの圧を感じる。そう思いオットー氏  へ視線を動かすと。 「フィ。今より高く飛べるようになるってのは、それだけ危険や怪  我の可能性が増えるんだぞ? これはウッツや他のに渡したほう  が良いんじゃ……」 「ヤダ!」 「やだってお前なぁ」 「お父さん全然分かってない。わたし以外に渡した方がずーっと危  ないんだよ?」 「お、おお?」  オットー氏が驚き、どう言う事かと話を促している。私も少女の  言い分に耳を傾ける。 「だって皆わたしよりあの子達に乗るのが下手。それなのに高く飛  んだりしたら、ゼッタイそっちの方が危ないと思うの!」 「ぐっ! い、いやまあ。……それ、はだな」 「わたしが村で一番乗るのが上手」  彼らは飛竜の有効利用として、人に馴れさせ、人を乗せての飛行  訓練を行っている。その教官とはまさか。 「だから皆に乗り方を教えてるのもわたしなんだよ?」 「んぐっ! ……」  彼女が教官だったか。まあそんな気はしていた。  甚く悩む父親に少しの同情をしつつ。彼が出す決断を待っている  と。 「あっはっはっは!」 「「「!」」」  此方に背を向け洗い物をしていた彼の妻が突然大きく笑い。 「いいじゃないか。フィ、絶対に気を付けるって約束するなら、  あたしゃ構わないよ」 「うん! 約束する!」  彼の娘がネックレスを手に喜ぶ。 「お、おいでも───」 「あんだけやる気で、それを此方が抑えたら勝手に一人で危ない事  するよ。あの子ならきっとね。  だったら此方が譲歩して、約束させるのが一番だよ」 「……」  決まりだな。  何時の世も、母は強しか───  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  ───メンヒの入り口。其処では準備を終えた村人達の姿。  私は彼らを連れ我が村へ帰る事に。見送りに来てくれたオットー  氏や村人達へ別れの挨拶を送り。 「ではまた」 「ええ次をお待ちしてやす」 「またね魔女様ー! イリサお姉ーちゃん」  オットー氏と握手を交わす。彼の隣には首からネックレスを下げ  た少女の姿。そして。 「イ、イリサさん、また来てください」 「ええ勿論です」  彼の息子の姿も。彼が握手をイリサへ求めるような、そんな予備  動作を感じ取り。 「! 行こうかイリサ」 「はいッ!」 「! ……」  素早くイリサを馬に乗せる。……青年の、あの残念そうな顔、む  むむ。  私は馬に乗らず手綱を握っては歩き出す。背後から村人達の挨拶  を受けながら。  そうして村を離れ、森の中へ。  建築技術を持った村人達が歩きなので、私だけでもと思い歩く事  にした。馬を引き、森を歩いていてふと。 「あの青年には気をつけねばな……」 「「「!」」」  心配事が口を突いて出た。 「はい?」 「いや何でも無いよ。イリサは心配しなくてもいい」 「???」 「「「っく」」」  イリサが不思議がり、メンヒの大工達が皆笑いを堪えている。  私は親としての心配事に気を揉みつつ、我らが村を目指し森を歩  く。  森を歩く彼らは知らない、村で青年がくしゃみを一つした事  を───
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