4人が本棚に入れています
本棚に追加
13
見慣れた草原に立つと、心地よい風が吹いた。
この風が、なぜこんなに優しいのか…
この場所が、なぜこんなに懐かしく感じるのか…
今の私には、わかる。
ゆっくりと歩いていくと、見慣れた後ろ姿が見える。
私と変わらない背丈の、後ろ姿。
そう言えば、私は…彼のことを、呼んだことがなかった。
名前のわからない彼のことを、どう呼べばいいのかわからなくて。
でも今なら、それもわかる。
「…お兄ちゃん」
振り向いた彼の顔に掛かる白い靄が、晴れる。
私と同じ顔が、微笑んでいる。
「…円」
私たちは、ずっと、一緒に生きてきたのだ。
同じように歳を重ねて、同じ両親の元で、育ってきた。
ずっと、違う場所で。
「…バレちゃったのかな、全部」
寂しそうな笑顔は、母にそっくりだ。
「……私…何も知らなかった…」
「良いんだよ。それで良かったんだ」
戸籍に名前がないということは、彼は、生まれる前に亡くなってしまったということだ。
母のお腹の中で、私たちは双子として育って…そして、私だけが、この世に生を受けた。
その後、母と父は、兄の存在を無かったことにした。
私が生まれる前に買ったと言っていた服やおもちゃ、きっと全て、もう一つあったはずだ。
それを、隠したのか、捨てたのか…徹底して両親は、私から、兄の存在を見えないようにした。
「…良くないよ、こんなの…」
この携帯電話がなかったら、私は一生知らないままだった。
大切な、もう一人の家族の存在を。
そんなことが、許されるはずがない。
「…少なくとも、僕はそれで良かった。円に、ほんの少しでも…僕を犠牲にして自分が生まれたなんて、思ってほしくなかったから。
でもお母さんは、ずっと悔やんで…ずっと、自分を責めてた。
だから、この世界が出来たんだよ」
彼はゆっくりと、この世界で母と過ごした日々のことを話し始めた。
私の知らない、母の秘密を。
最初のコメントを投稿しよう!