20 感情

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20 感情

「結構大きな騒ぎになったな。これだけ大ごとになれば、捜索の手もそんなに早く伸びてくることはないだろう」  騎士を倒してから数分後、騒ぎを聞きつけた市民や近くの警備兵が集まり、人が人を呼ぶ大騒ぎになっていた。  俺たちはその騒ぎに便乗する形で花街を移動。無事に抜け道に到着し、休息をとっていた。 「大ごと過ぎるわよ……。国内で騎士を倒すなんて」  まあ確かに、魔法の使える騎士が国内で敗れるなんて、一大スキャンダルだ。魔法に対抗するには魔法しかないと、国民はそう思い込んでいる。つまり今回の騒ぎは内部分裂、クーデターが起こったと解釈されてもおかしくないわけだ。しかも状況から考えると……。 「確かに、これでは私かアイーダの仕業だと思われるだろうな」 「まあ、そう言わないでくれ。それに、俺がいないくても、二人はこうしたんじゃないか?」  そういうと、二人はバツが悪そうに黙り込んだ。当然だ。戦って倒すか、おとなしく連行されるか。この二つしか選択肢はないのだから。今回はたまたま俺がいたから(必然だが)手を汚さずに済んだだけで、本来、俺がやったことは二人がやるはずだったことだ。 「まあいい。それで、そろそろ説明してくれるんだろう? どうして二人が追われているのか。そして、これから何をしようとしているのか」  そう尋ねると、アイーダの表情に影が差した。立ち向かわなくてはならない現実を思い出した、そんな顔だった。 「ごめんなさい、ジーン。巻き込んでしまって」  その謝罪を、思わず鼻で笑いそうになる。どこかで謝ってくるだろうとは思ったが、ここでか。 なるほど、まだ引き返せる段階だ。二年がたっても、生ぬるい正義感は変わっていないようだ。自分が利用されているとは微塵も考えていない。  そんな本音をぶら下げながら、俺は誰もが信じたくなるような人の良い笑みを浮かべて言った。 「別にいいよ。友達だろ、俺たちは」 「なるほど。謁見の間に、……母親か」  ここに至るまでの経緯を聞き、改めて納得。そしてジョシュアの予測に舌を巻いた。やはり謁見の間絡みだった。そして、その後に王がとった行動も、ほぼジョシュアの予測通りだったわけだ。  予想外だったのはアイーダの動機。ばかばかしい正義感ではなく、感情に任せた行動のようだ。王の行い、そして謁見の間の異変を解決するためではなく、囚われた母親を助けるため、行動している。  母を救う。  アイーダの話を聞いている最中、ずっと、否応なしに吐き気がした。アイーダが何か言ったわけではない。だがそれでも、頭の中で誰かが叫ぶのだ。 『お前が守れなかったものをアイーダは守ろうとしているぞ。見ているだけだったお前とは違い、自らの手で守ると、救うと』  お前はどうだ。救えたか? 母の恩に報えたか? 最後に何と言われたか覚えているか? そう、頼まれただろう? お兄ちゃんなんだから――。  ――ゴッ! 「っ!?」  無意識に、自分の眉間を殴りつけていた。  ああ、覚えている。覚えているとも、俺は。俺をかばい、貫かれた母の背中を、その命を。待っていろ。もうすぐだ。あと少しで母の恩に報える。なにも守れなかった俺が、あの男の命を刈り取って、初めて俺は……、俺は……! 「ジーン?」  覗き込むようにこちらを見上げるアイーダの顔が、突然視界に現れる。その視線と声音からは、俺を本気で労わる感情が読み取れた。 「あぁ、すまない。大変だったな、アイーダ」  ……これから利用し、殺す相手に同情するつもりはない。アイーダの知るジーンがかけるであろう言葉を選び、口にする。過去の自分を模倣するのは、甘っちょろい自分をまざまざと見せつけられているようで、いい気分ではなかった。が、計画のためにはそうも言っていられない。  それに、大変だと思っているのは本心だ。何せアイーダは、自分では気づいていないだけで、母親だけでなく兄も失っているのだから。  ジョシュアのほうに視線を移す。アイーダの真向かいで、俺のことを警戒するように見つめている。実際警戒しているのだろう。こいつは十中八九、王がつけたアイーダの監視だからな。  未だに種はわからないが、こいつは偽物だ。何せ本物は俺の協力者なのだから。おそらく、本物のジョシュアが王宮から抜け出した際、公爵家の近衛騎士が離反、ということが公にならないようダミーを立てたのだろう。どうやって作ったのかはわからないが、もともとのジョシュアの性格をベースに、ところどころ王国に都合がいいよう改変されている。俺への態度とかな。  それに、今までの言動、そしてアイーダに話を聞いた限りでも、こいつはアイーダの逃亡には消極的で、王宮に戻ることには積極的だった。狙いが透けて見えすぎる。アイーダだって、一度冷静になって客観的に見てみれば、偽ジョシュアの判断がおかしいことに気付くだろう。もっとも、見た目が精巧すぎるというのもアイーダが偽物に気付けない理由だろう。違和感があるとすれば一つだけ……。 「ジョシュアさんも、お久しぶりです。最後に会ってから二年以上もたつというのに、お変わりなく」  違和感というのは、外見年齢のこと。おそらく年に数回、外見の調整は行っているのだろうが、本物の顔と比べると少し幼い。  恐ろしいのは、本物のジョシュアと偽物が入れ替わったのは四年前だということ。つまり、この偽物のジョシュアと、俺は二年近くも付き合いがあるのだ。ジョシュアとは旧知の仲だ。だというのに、俺はその外見の変化に、いや、変化の無さに気付けなかった。認識を阻害する魔法が貴族街全体にかけられているか、もしくはこいつの体そのものに何らかの仕掛けがあるのか。 「……ふん、お前はずいぶんと変わった。出来損ないは出来損ないらしく、どこかでのたれ死んでいればいいものを」  ほんと、こういう魔法至上主義なところは本物と似ても似つかない。……もっとも、俺に魔法が使えないとわかったときの周りの反応を考えれば、これは普通の反応だ。本物のジョシュアを知らなければ、「ああ、こいつもか」と思っただけで終わっていただろう。 「さて、と。事情も分かったことだし、そろそろ行きますか」  言いながら、俺は腰を上げる。すると隣に座っていたアイーダがわざわざ俺の正面に回ってきた。 「ジーン、本当にいいの?」 「? ……ああ。もちろん」  一瞬、何について言っているのか本気で分からなくて混乱した。このお人好しは未だに俺の身を案じているらしい。まあ、アイーダからしてみれば、無関係な昔の友人を自分の勝手な都合で巻き込み、さらに危険な場所へと連れて行こうとしている。となるわけだから、気が引けるのも当然か。 「でも、いくら魔法が使えるようになったといっても、あの場所は危険すぎる。あなたの身に何かあったら……」  本当に甘いな。自らの目的を達成するためにはなんであろうと利用する。それくらいの覚悟がなければ王宮に攻め入るなんてできっこないだろう。それに、巻き込まれた当人が構わないと言っているんだ。いったい何に遠慮を――。 「――メイアちゃんにも申し訳が――」  ……なに? 「――っ!」  貴族が、  魔法使いが、  完全適正者が、  ……いったいどの口が、その名を呼ぶ? 「っアイーダ‼」  瞬間、俺とアイーダの間にジョシュアが割り込んだ。    メイアの名をアイーダの口から聞いた瞬間、殺気を抑えきれなくなった。  ジョシュアが剣を抜く。アイーダがそれを制止する。その一瞬の光景が、とてもゆっくりに見えた。この一瞬で、何度お前を殺せると思っている? なあ、アイーダ。 「ジーン!」 「――っあ」  名を呼ばれ、正気に戻る。  いけない。ここで早まっては計画に支障が出る。感情に任せて行動するな。俺は目の前にいる馬鹿とは違うのだ。……そう、アイーダはメイアのことを、あの後、俺たちがどんな風に生きてきたのかを知らない。当然だ、話していないのだから。アイーダの言葉に他意はない。単純に、俺に何かあったら、残されたメイアがかわいそうだと、そう思っての言葉だ。 「あぁ、いや。すまない。本当に大丈夫だよ。自分の身くらい守れるし、いざとなったら逃げるさ。メイアを一人にするわけにはいかないからな」  そう言って、俺は乾いた笑い声を出す。  ああ、本当に乾いた声だ。何もない場所から絞り出す声が、こんなにも己を蝕むものだとは思わなかったよ。  干からびて、ひび割れたどこかから出す声を、叶わない夢を思い絞り出す笑い声を、母さん、メイア……。 「だから、早く行こう。心配させたくないから」  二人が聞いたら、どう思うのだろうか。
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