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21 帰還
「ついたぞ。マクレインの庭だ」
貴族街は王宮の爆発があったためか、ひどく閑散としていた。皆、家に引きこもっているか、王宮に出ているのだろう。そこで意味もない会議をしているに違いない。
「アイーダ、マクレインがあの後どうなったかはわかるか?」
「あ、うん……」
はっきりとしない口調だ。先ほどのことがまだ影響しているのかと思ったが、単純に言い淀んでいるだけだろう。ジーン・マクレインにとっては、自分がいなくなった後のことなんて聞きたくないだろうからな。だが、もうそんなことは関係ない。俺が気になっているのは、どこに行けばあいつを殺せるのか、それだけだ。
「マクレインのおじさまは、あの後、他の貴族から爵位の剥奪処分を求められたのけれど、……その」
「いい、続けてくれ」
「……うん。家族全員を失い、それでも王に、国に尽くそうとする姿勢が評価されて、それと実際におじさまが提案した政策がうまくいったこともあって、今では伯爵位に。国家運営に関しては国王様に次ぐ発言力がある、と言われているわ」
なるほど。実質、奴の言うとおりになったわけだ。小賢しさだけは大したものだよ、あの男は。
「なら、家には誰もいないな。昨日の今日で内政の責任者が王宮の外にいるわけがない」
「あ、待って」
「どうした?」
「その、言いにくいんだけど……」
またもやアイーダが言い淀む。
「アイーダ。いまさらあの男のことは気にしないよ」
どうせ殺すからな。
「なら言うけど、その、おじさまは再婚して、今は奥さんも子供もいるわ」
「……そうか」
ふむ、これ以上俺の憎しみを増やしてくるとは、なかなか器用な真似をしてくれる。せっかくだ。もし家族仲がうまくいっているようだったら、あいつの目の前で八つ裂きにするのもいいかもしれない。かつて、あいつがそうしたように。
「……少し侵入する。治癒薬とローブをとってくるよ」
「え? ちょっと、ジーン!」
アイーダの制止も聞かずにもう一つの抜け道へと入る。庭と倉庫をつなぐ抜け道だ。……この状況で人質を連れて王宮に行こうとはさすがに考えていない。ただ、家に帰ってきたら家族が惨殺されていた、なんて、なかなかいいシチュエーションじゃないか。
俺はフードを目深にかぶり直し、倉庫に続く扉を蹴破った。
ばりっと派手な音が鳴り、木製の扉が壊れる。すると目の前には、おびえた様子でこちらを見る、幼い少女の姿があった。
「だ……だれ?」
思いもしなかった状況に唖然とする。だがこの家に部外者がいるとも考えにくい。ならばこの子供は……。
「マクレインの娘か」
「……っ」
少女は黙って首を縦に振った。
倉庫を見る。抜け道をカモフラージュするため、いらない家具や道具が散乱している。まさかここがこいつの部屋、というわけではないだろう。
「なぜこんなところにいる」
詰問すると、少女は素直に答えた。まるで、抵抗すると痛い目に合うとわかっているようだ。
「お、とうさまが……。ここから出るなって」
ふむ、今は一応、非常時だ。身を隠す場所として倉庫はもってこいだが、果たしてそんなまっとうな理由か……。
「ここに入ってどれくらいだ」
「……みっか」
――まったく、胸糞悪い。
俺はつかつかと倉庫の出口に歩み寄り、抜け道と同じようにその扉を蹴破った。
「母親はどこにいる?」
呆然とする少女に問うと、少し遅れて返事があった。
「わからない、けど……たぶん、地下……」
予想通りだった答えに、憤りを隠せない。
「……すぐに母親を出してやる。それと……、ジョエル・マクレインはもう帰ってこないから安心しろ」
そう言って、俺はすぐに地下へと進み、地下牢に監禁された女性、少女の母親を解放した。聞いたところ、再婚相手は大きな商家の娘だったようだ。嫁に取り、その財産と権力だけ取り込んだらあとは不要とばかりに、何も出来ぬよう監禁されたらしい。子供のほうは、おそらく後々の利用価値があると踏んだのだろう。教育だけ施して自分の駒にするつもりだったか。
殺しに来たつもりが、まさか人助けの真似事をすることになろうとは。まあ、これもあの男への復讐の一環と思えばいい。
……これは決して、過去への償いなんかじゃない。そうとも、こんなことでは俺の罪は消えない。母も、妹も救えなかったことは、いまさらこんなことをしたって帳消しにはならないし、憎しみの感情が収まるわけでもない。
だが、そうだな。
――同情の心があったことだけは、認めなくてはならないだろう。
「すまない、今戻った」
「ジーン! 大丈夫だった? 今、子供を連れた女の人が出て行ったけど、あの人たちは……?」
「気にするな。ちょうど出かけるところだったんだろう」
庭にいる二人と合流する。中でのことは、別に話さなくてもいいだろう。アイーダは「すごくフラついていたけど……」と出て行った親子の行方を目で追っていたが、そんなことはいいと強引に話を進める。
「ああ、とりあえず、治癒薬と魔力回復薬をあるだけ持ってきた。母親を助けた時、使ってやるといい」
そういいながら、アイーダに薬を渡す。もちろん必要最低限の数だけ。余分に渡して回復させてしまっては、あとあと面倒だ。
「早速王宮に向かうが、なるべく目立ちたくない。あてはあるか?」
アイーダに尋ねるが、首を振る。まあ、アイーダが知らないのは予想通りだ。だがジョシュア。お前が王の犬なら、俺のこの発言を利用しないわけがない。
「それならば、近衛騎士しか知らない道を使おう。いざというとき、国王様に安全に避難してもらうための道だ。謁見の間の、例の扉の元に通じている。爆発の中でも扉は無事だったから、抜け道も使えるだろう」
かかった。
そうだよな。どう利用するかはわからないが、王はアイーダを欲しているんだ。導くのは当然。だが、ジョシュアの提案はあまりにも見え透いている。それに、アイーダの目的は王ではない。そこをどうごまかす?
「でも、お母様は囚われているはず。まず地下牢に行かなければ……」
「っそうか、そうだな……。だが地下牢まで誰の目にも触れずに行くのは不可能だ。まず王宮に入ることを優先しなければ……」
機転が利かないな、この偽物は。本物ならもっと頭が回る。
「……はぁ、地下に行くことばかり考えるな。母親を謁見の間まで連れてこさせればいい」
そう言うと、二人は唖然とした顔でこちらを見る。ほんとうに、人間視野が狭くなるといけない。
「そもそも。相手はアイーダを狙っているんだ。なら、こっちが少し動いてやれば向こうが母親をわかりやすい場所まで運んでくれるよ。謁見の間とか、な」
「ばかな。そんな都合よく動くはずが」
ジョシュアの反論を俺は首を振って否定する。
「都合よく動くのは相手じゃない。俺たちの方だ」
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