01 卒業

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01 卒業

 魔法。  それは選ばれし者――この国を支える貴族にのみ、与えられる力。  かつて、魔族が世界を支配していたころ。一人の英雄が魔法の力をもって魔族を滅ぼした。 英雄は王となり、世界を救った魔法の力で国を興した。  その国こそ『魔導王国レトナーク』。  建国から五百年。レトナークでは国王と、国王により魔力を授けられた貴族が、魔法の力で統治をおこなっていた。魔力を持たねば貴族にあらず。それは暗黙のルールとして、貴族の間で知れ渡っていた。  王より魔力を授けられるのは、成人を迎える十五歳。王立貴族学院、卒業の時。  そして今日、新たな魔法使いが生まれようとしていた。 ◇ 「学年主席、ジーン・マクレイン!」 「はい」  名を呼ばれ、落ち着いて返事をする。  この式が終われば、俺たちは国王様より魔力を賜れる。そのことを考えると今にも踊りだしてしまいそうだったが、学年首席の名に恥じぬよう、極めて冷静な自分を演出する。  学院長の前まで歩み寄り、跪く。 「ジーン・マクレイン。そなたは基礎学問、体術、剣術、そして魔法学において多大なる才を発揮し、この学院の歴史にその名を刻んだ。それを今ここに、証明する。その才を国のため、活かすがよい」 「はっ!」  仰々しい学院長の言葉に、毅然とした態度で返事をする。立ち上がり、踵を返そうとすると、肩にポンと手が置かれた。 「ジーン。学年、いや、歴代主席のジーン。君の未来が幸福に満ちたものであることを、願っている」  不覚にも、目頭が熱くなる。この人は俺を見てくれていた。貴族家の一人であるジーン・マクレインだけでなく、負けず嫌いで、努力することしかできないジーンを見てくれていたのだ。 「……はいっ!」  先ほどよりも少しだけ子どもっぽい返事をして、自分のいた列に戻る。隣では、年の割に童顔な女生徒がいたずらっぽい笑みを浮かべていた。 「よかったね、ジーン」 「……からかうなよ」  戻ったとたんに話しかけてくる少女、アイーダ・キャバディーニ。彼女は公爵令嬢だ。現国王の姪にあたる。本来であれば、男爵家の嫡子である俺なんかが気軽に口をきいていい相手ではない。のだが、母親同士の仲が良いらしく、自然と俺たちも身分を超えた付き合いをするようになっていた。 「結局私は、座学も実技も、ジーンには一度も勝てなかったのね。……素直に悔しいわ」 「アイーダがいなければ、俺は歴代主席になんて到底なれなかっただろう。感謝している」 「まったく、腹立たしいもの言いね。でもま、許してあげる。今日はお祝いの日だもの」 「……そうだな」  だが俺とアイーダは、それぞれ学年首席と次席として常に競ってきた。幼馴染、とでもいうのだろう、今では気の置けない関係だ。 「ねえ、また今度、カフェやピクニックに行きましょう? メイアちゃんと、時間があればジョシュア兄様も誘って」 「ああ、それは楽しみだ。きっとメイアも喜ぶよ」  メイアというのは俺の妹だ。二つ下で、同じ学院に通っている。そしてジョシュアはアイーダの兄。年は三つ上の十八歳。今は近衛騎士として王に仕えている。昔から、この四人でよく遊んでいた。今でも俺とアイーダ、メイアは学院で集まったりしているが、ジョシュアは近衛の仕事が忙しいのか、最近は会えていない。昨日会えたのは本当に運がよかったのだ。  俺たちが卒業して忙しくなれば、メイアも寂しがるだろう。そうなる前に、もう一度昔みたいに集まりたいと思った。  男爵家の兄妹と、公爵家の兄妹。身分差はあれど、そこには確かに友情があった。そう、友情だ。共に国を思い、自分の想いを正直にぶつけ合える関係。    ……その中に不純な動機は必要ないし、これからもこの関係を続けていけると、俺は信じている。そう考えたとき、胸の奥がずきりと疼いた。 「……」  そう、これから国の中心に関わっていく者として、公爵令嬢である彼女に対する自分の想いには蓋をするのが正解なのだ。アイーダは、俺程度が幸せにできる人間ではない。 「ジーン?」  黙りこくったままの俺を不思議に思ったのか、アイーダが俺の顔を覗き込むようにして伺ってくる。不意打ちのように近づくその顔に、決心したばかりの気持ちが少し、揺らいだ。 「アイーダ……。俺は、いつか君を、この国を守れるようになろう。いつか、必ず」  いつになくまじめな俺の言葉に、アイーダは、 「……っぷ、あっはははは! どうしたの急に!」  失礼にも、爆笑という反応をした。しかも器用なことに、卒業式の邪魔にならない必要最低限の音量で。 「――っ、俺もこの空気にあてられたか……。言うんじゃなかった」  おそらく真っ赤になっているだろう、自分の顔を見られないよう、アイーダから顔を背けて悪態をつく。すると、後ろから優しげな声がかけられた。 「……ありがとう、ジーン。でも、私にも守らせて」  手のひらが、優しく包まれる。女子にしては固い手のひら……だと思う。毎日、何時間もペンを握り、同じ手で剣を握る。そうしているうちに固くなった手のひらは、けれど何よりも温かかった。 「きっと、私を守って。私も、あなたを守るから」  返事はしなかった。その言葉に即答できるほど、俺は自分を過大評価していない。けれど……。  俺は優しさに包まれた手を一度だけ、強く握った。  式が終わり、いよいよ国王様との謁見が始まった。  年に一度、卒業の時だけ国王様は学院に足を運ぶ。護衛である八名の近衛騎士の中にはジョシュアの姿もあった。王の傍らで跪く近衛騎士はめったなことでは顔を上げないので、ジョシュアは俺たちがどこにいるかわからないだろう。  同期生が次々と呼ばれ、魔力を授かっていく。魔力が宿った瞬間、その体からは各属性に応じた反応が現れる。風ならば大地から風が吹き荒れ、火なら炎の渦が立ち上り、水ならば周囲に水滴が現れ、土ならば小さな命が芽吹く。 「次、アイーダ・キャバディーニ!」  宰相がアイーダの名を呼ぶ。通例として、次席と首席は最後に呼ばれる。つまり、アイーダの次が俺の番だ。ジョシュアの肩が少しだけ震えているのが遠目にも分かった。  ジョシュアは魔法にコンプレックスを抱いている。アイーダが自分のようになってしまわないか、不安に思っているのだろう。それとも単に、自慢の妹の晴れ舞台を見たいだけだろうか。  アイーダのことも気になるが、やはり自分の一つ前というのは緊張が激しい。うるさく主張する心臓を黙らせようと必死になっていると、周囲から歓声が上がった。アイーダに魔力が宿ったのだ。  そこには目を見張る光景があった。  渦巻く風に乗り、水滴が螺旋を描く。はじけた水滴が付着した床からは小さな植物が芽吹き、温かい、日差しのような光を受け、見る見るうちに成長していく。 「……パーフェクトだ」  これには同期はおろか、国王様すらも目を見開き、歓喜の表情を浮かべている。アイーダは火、水、風、土、すべての属性に適性を持つ、俗に言う完全適正者(パーフェクト)だったのだ。  これには、流石の近衛騎士も全員が顔を上げ、その表情を国王様と同じく驚きに染めていた。……ただ一人、ジョシュアだけはその瞳に涙を浮かべながら、だったが。  完全適正者に比べれば、歴代主席なんて取るに足らない出来事だ。これは、今年の話題はアイーダで持ち切りだ。若干情けない気もするが、仕方がないな……。  ――なんて、この時の俺はそんな呑気なことを考えていた。  アイーダと入れ替わりに国王様のもとへと歩み寄る。  直前に完全適正者が出たことにより、抱えていたプレッシャーはきれいさっぱりなくなっていた。どこか気楽な調子で、国王様の前にひざまずく。  ――結果として、今年の学院卒業式で話題をさらっていったのは、歴代主席の話でも、完全適正者の話でもなかった。  国王様が驚愕に目を見開く。  周囲のざわめきが大きくなる。  ――今年の卒業式一番の話題、それは。 「……え?」  史上初の、魔法適性がない貴族が生まれたことだった。
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