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出会いは、半ば強引に連れてこられた置屋だった。山南が副長職を務める新選組が贔屓にしている店で、置屋といっても揚屋も兼ねる大きな見世であった。
江戸にいた頃も吉原や他の岡場所で女郎遊びをしたことはある。付き合いで行った見世で一夜の遊びをしたり、馴染みとして何回か通ったりしたことはあった。だが、遊女に”入れ揚げる”という域に達したことはなかった。
あの時も、そのつもりだった。一晩酒を飲むだけのつもりだった。だが。
「山南はんは、なんや寂しそうなお人やね」
そう言い放った彼女の、儚げな笑顔が忘れられなかった。
もう一度、あの娘に会いにいこうか。もう一度、もう一度。
山南は、置屋から二、三町(二、三百メートル)離れたところにある揚屋に通っては明里を呼ぶようになった。
「ねえ山南はん、たまにはうっとこのお店も来てみいひん?ここより広いお座敷もあるし、お料理かてええもん出しておもてなしできるのに」
「いや、いいんだ。仲間に見つかったら、何を言われるかわからないから」
「そお?ま、うちは山南はんに会えるならどこでもええどすけどな」
そう言って、明里は少し飲んだだけの杯に銚子を近づけた。山南がくいっと飲み干すと、空になった杯はまた酒で満たされる。
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