20人が本棚に入れています
本棚に追加
***
山南は、道場で一人稽古をしていた。
せめて、何かあった時に足手まといにはならないように。右手だけで剣が自在に扱えたら。
そんなことを思って、誰もいない時間を狙って稽古をしていた。だが、思うようにはいかない。
片手だと、上手く力が入らない。何か、根本的にやり方を変えなければ。
山南は、ふと、ある言葉を思い出した。それは江戸にいた頃、道場で言われたことだった。
「山南さん。北辰一刀流出身のあなたにこれを言うのは言いづらいですが、はっきり言わせてもらいます。天然理心流では、勝てばなんでもいいんです。最悪、足蹴りだって体当たりだって構わない。だから、理心流には柔術の稽古も目録に入っているんですよ」
それは、今や新選組の局長として皆を率い、慕われている近藤の言葉だった。
「そうですよ、山南さん。まあ、歳三みたいにそればっかり、っていうのも考えものですけどね」
「お前はいつも一言余計なんだよ!勝ちゃあいいんだろ、勝ちゃあ!」
共に稽古した近藤の姉・さくらと、天然理心流の先輩・土方歳三のそんなやり取りも思い出して、山南はふっと微笑んだ。さくらは今や島崎朔太郎と名乗り、新選組の副長助勤を立派に努めている。土方は、自分と同じ副長職について、隊の実務を一手に担っている。
「土方君には、水をあけられてしまったなあ」
最初のコメントを投稿しよう!