20人が本棚に入れています
本棚に追加
***
馴染みの客に文を出すのは、遊女の大事な仕事だ。たくさん書くので、文面は似通ってくる。
明里は、それでもいいと思っている。客同士が文を突き合わせて比べることなどないのだから。
だが、彼への文は、そんな定型文で送ることはできないと思っていた。かれこれ四半時(約三十分)、筆を持ったまま明里はぼんやり考えている。
京の町は、物騒になってきた。天誅だなんだと言って、男たちは血で血を洗う争いを繰り広げている。そんな男たちを、相手にすることもあった。正直言って、おそろしかった。何かひとつでも粗相があれば、気に食わないことがあれば、斬り捨てられるのではないかと。
だが、彼は違った。
「ありがとう。なんだか久々に気持ちが明るくなりました。あなたのおかげですね」
初対面の遊女に礼を言う侍は、珍しかった。しかし彼は、血で血を洗う争いの渦中にいるはずの新選組副長・山南敬助はそう言って明里に笑いかけたのだった。
その少し寂しげな笑顔が、忘れられなかった。この人は、他とは違う。明里はそう思った。
「姐さん、文、出さんの?」
禿のなつきに声をかけられて、明里はハッと我に返った。
「そうやね……今書き終わっとる分だけ出しといてくれる?これは、また書けたら頼むえ」
最初のコメントを投稿しよう!