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心臓が苦しい程に高鳴って、彼に伝わってしまわないか心配だった。
私の言葉に、和也さんからの返事がない。代わりに、頬にあった手がゆっくりと動き出し、首筋を撫で下りて指先が鎖骨に触れた。まるで脅しのようだと思う。
こんな彼は、見たことがない。
「いずみ」
極度の緊張に、身体が強張っていたせいだろう。次に響いた甘さを含んだ低い声に、びくんと肩が跳ねてしまう。
「はい?」
平静を装ってどうにか返事をしたけれど、彼にはきっとバレているんだろう。
ふっと笑ったような吐息が、頬を掠める。
「予定は未定とよく言うだろう」
悪びれないそのセリフに、呆気にとられた。無様にもぽかんと口を開いたままで、それからむかっと腹が立った。
「そんな屁理屈、聞きたいわけじゃありませんっ!」
ひどい。こんな騙しうちみたいなこと、されるとは思わなかった。
それなのに私はすっかり彼を意識してしまっていて、顔どころか耳まで熱い。彼の目にはばっちり赤く映っているのだろう。
この三か月、いつだって、縮められる距離に慌てふためくのは私ひとりだった。悔しくなって目頭が熱くなる。するとすぐ目の前で、彼の切れ長の目が三日月のように細められ、その後視界から消える。気づいた時には、目尻に彼の唇が触れていた。
「んっ……やだっ」
くすぐったいほどことさら優しいそのキスは、こめかみ、耳珠へと柔らかく敏感な肌に移動していく。触れた唇の隙間から、僅かに覗いた濡れた舌が肌を騒めかせ、自分の意思とは関係なく身もだえてしまった。
ふ、と笑ったような吐息の音がした。耳元から少しだけ顔を上げた彼と、至近距離で視線が絡む。まるで絡め取られたみたいに逸らすこともできずにいると、微かに唇同士が触れあった。胸の奥が苦しくて、背筋がぞわぞわして、押し返そうとする手も碌に力が入らない。
「いずみ、もう観念して」
唇の柔肌をくすぐるように喋られて、ぎゅっと目を閉じた。それは決して、肯定の意味ではなかったのだけれど。
もう戻れないと悟ってしまった。こんなキスをしてしまったらもう、たとえ離婚届を出したところで、社長と秘書には戻れない。
私の意識を溺れさせてしまう濃厚なキスの感触はまるで、それを私に教えるためのもののような気がした。
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