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「仮装強盗」 作 御堂修作
少し、少し、昔のバブルころ。
猫も杓子もテレビに出たがる時代に、売れない芸人、鈴木次郎という若者がいた。次郎は、どうしても有名な人気者になりたかったので、毎日、いろいろ思案したあげく、とんでもない方法を思いついた。そして、それをある晩、実行した…
―コンコンコン――
仕事帰りの女性が一人で歩いていると、突然、目の前にサンタクロースが現れた。その背中には『芸人の卵』と書いたのぼりが差してあった。サンタクロースは女性の前でダンスを披露し、愛嬌をふりまいた。
「まあ、面白い」
と、女性が気を許した瞬間、サンタクロースは隠し持っていたパイを
――バッシ!――
と女性の顔に投げつけた。
「きゃ! 何するのよ!」
慌てた女性が顔を拭こうと、バックを開け、ハンカチを出そうとした、その瞬間!
『今だ! 』
と、サンタクロースはバックの中に手を突っ込み、ポケットテイシュなど値打ちのない物をつかむと走って逃げ去った
「何よ、あいつ!」
闇夜にパイまみれの女性の怒号が響いた。
「バカやろうー!」
これが、鈴木次郎の考えたアイデアであった。このパイを投げるという行為がバブリーな世間に受けたようで、彼の思惑どうり、彼のパフォーマンスはテレビ情報番組で取り上げられ、一躍『謎のパイ投げマン』として人気物になった。
「やったな、受けてる受けてる…よし、もっと面白くしてやろう」
と、鈴木はゾウの着ぐるみを用意して、夜の町に飛び出した。そして若い女性に
「パオー!」
と言って近づき、長い鼻を振り回しながらダンスを披露した。女性が笑顔で手拍子を始めた時、
――バッシ!――
といつもように女性の顔にパイを投げ、バックからティッシュペーパーを取ろうとした。しかし、問題が起きた…着ぐるみのゾウの手が本物そっくりで…指がない…ので、バックの中のティッシュペーパーを上手く掴めなかったのだ。鈴木がモタモタしていると、
「あなた、何してるのよ」
とパイを投げられた女性が騒ぎだした。
「まずい! 」
慌てた鈴木は女性のピンクのバックごと抱えて逃げ去ってしまった。
「私のバッグ、かえして! 」
闇夜にパイまみれの女性の怒号が、また響いた。
「泥棒!! 」
部屋に戻った鈴木はピンクのバッグを床に投げ捨てると頭を抱えた。
「本物の強盗になってしまった…どうしよう」
その後、鈴木は警察からの捜査の影に怯え、『パイ投げマン』のパフォーマンスを止めてしまった。
そんなある日、テレビを見ていた鈴木はバラエテイ番組に人気者として『パイ投げマン』が登場したので驚いた。彼が『パイ投げマン』を止めた後も、彼の真似をした犯罪が世間を騒がしていたのである。
「あいつは偽物だ! 」
怒りのあまり、捜査の影に怯えていた事も忘れ、テレビ局に抗議の電話をする鈴木だったが電話は話し中ばかりで、なかなかつながらない。イライラしているとテレビの司会者が、
「みなさん、大変な事がおきました。視聴者から、『自分が本物のパイ投げマンで、テレビに出ているヤツは偽物だ』という抗議の電話が番組当てに殺到しております」
と言い出した。
「え、俺が本物なのに…なんで、抗議の電話が殺到? 」
戸惑っている鈴木の耳にアナウンサーの声が神様のお告げのように響いた。
「抗議の電話があまりに多いため、協議した結果、明日、テレビ局でオーデイションをして、『本物のパイ投げマン』を決定したいと思います。オーデイション受付はテレビ局の玄関で行います。『本物のパイ投げマン』と自称する方は誰でも参加できますので、どしどし来局してください」
「やった! これは、チャンスだ。本物の俺がオーディションに合格しないはずはない。しっかり幸運の女神の前髪をつかむぞ! 」
と鈴木は一晩中、はしゃいでいた。
次の日、サンタクロースの格好をしてテレビ局に出掛けた鈴木は驚いた。テレビ局の玄関付近は仮装した人々で一杯なのだ。鈴木が受付でオーデイションの申し込みをすると、なんと受験番号339番…
『こんな大人数、どうやって審査するんだろう』
と思っていたら、申込者全員、テレビ局の一次審査マークシートのテスト会場に通された。
『マークシートか…なるほどな』
と納得した鈴木はテスト会場を見渡した。周りには自分より目立ったアニメのコスプレをした連中が多多かった。
『サンタの衣装が地味に見える。もしかして俺、落ちるかも知れない』
と不安に駆られる鈴木だった。そのため、試験終了後、一次試験合格者の受験番号が発表される時、鈴木は手を合わせて神に祈った。
『神様、お願いします。本物は私なんです。ですから、どうか一次審査、受かりますように』
一生懸命に祈る鈴木。その祈りか通じたのか、合格者の5人目として、最後に339番と自分の受験番号が呼ばれた。
「やった、ばんざい! 」
大喜びする鈴木達合格者は二次審査会場に通された。そこは人気クイズ番組のスタジオだった。本物のテレビ番組のセットに興奮する合格者達。このセットを使い、二次審査は行われる。一次審査の合格者5人がクイズ番組形式でパイ投げマンに関するクイズに答え、正解した点数で争うのである。
クイズが始まった。しかし、自分のやっていないパイ投げマンの犯行問題も出されるので、鈴木は苦戦した。
『くそ…このままじゃ、本物の俺が負けてしまう…神様、頼みます。俺の問題を出してください! 」
すると、最後のボーナス問題で
「パイ投げマンが、ゾウの着ぐるみで盗んだバッグの色は? 」
という問題がでた。即座に!
「ピンク」
と鈴木は正解して、大逆転で優勝を勝ち取った。
「やった!! 」
くす玉が割られ紙吹雪が舞うなか、鈴木は涙を浮かべながら他の解答者と一緒にクイズ番組スタジオのステージに連れて行かれた。
「今回は解答者全員に記念品があります」
と司会者から説明があり、魔女みたいにマントで全身を覆ったアシスタントの女性5人が、それぞれ手に箱を持って解答者の前に来た。
鈴木をはじめ解答者達は深々と頭を下げながら記念品を受け取ろうと手を差し出した。すると、アシスタントの女性達は箱から手錠を取り出し、次々と解答者達が差し出した手に、微笑みながら手錠を掛けていった。驚いた鈴木達、解答者が顔を上げると、
「マークシートの正解とクイズの答えが自供になったよ。君たち、もう仮装はいいよ! 」
と言う司会者の合図で、アシスタントの女性達がマントを脱いだ。マントの下は全員、警察官の制服を着ている女性警察官であった。
実は、この『パイ投げマンオーデイション』というのは、警察が流行しているパイ投げ強盗やいたずらの犯人達を一網打尽にするために、テレビ局の協力を得て計画した物だった。そうとは知らず、のこのこオーディションに参加した鈴木達容疑者は、マークシートとクイズで、犯行をすっかりすべて自供してしまう羽目になったのである。ちなみにクイズの司会者は、この計画を立案した刑事だった。
ガックリと膝を落とし、連行される鈴木達容疑者に刑事が言った。
「仮装強盗には、仮装捜査をしたまでさ」
次の日、ドキュメンタリー番組『捜査現場密着』というテレビ番組で、仮装捜査の一部始終が放送された。すると、ワイドショーが鈴木次郎を競って取り上げたので、彼の希望通り、一躍有名になった…人気者かどうかは別として……(終)
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