1/1

93人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

店員から袋を受け取ってポップアップストアから出る。自分用にTシャツやキーホルダーなどを多めに購入し、早川に贈るネックレスは5000円だったものの、彼女のことを思えば痛手ではない。1時間も並んで購入した甲斐があった。 文化村通りの方へと進み、カフェに向かう。彼女にどのような方法で渡そうか考えようとした時だった。 (あれ、早川さんじゃ…?) 大勢の人混みの先で見慣れた後ろ姿があった。滑らかな黒髪に濃いネイビーのコート。赤いマフラーは1週間前に見た早川のものに間違いはない。問題は隣を歩いている男だ。 自分より少し背が高く、短い黒髪を逆立てている。手を繋いでいるわけでも、親密そうに密着して歩いているわけでもない。もしかしたら彼女には兄がいるのかもしれない。しかし一向に拭えない不安に駆られた佐竹はなるべく距離をとって2人の後をつけることにした。 大通りを真っ直ぐ歩いていく。今2人に会話はあるのだろうか。まるで不安に尻を蹴り上げられているように歩を進めていく。2人はいきなり角を左に曲がって路地に入った。渋谷の街並みに詳しくはない佐竹にとって、その先に何があるのかは皆目見当もつかない。しかし自分も後を追って角を曲がった時、佐竹は目の前の光景に目を疑った。 1軒1軒が華やかな虹色の光を放ち、人間の性を腹一杯に満たす建物が立ち並んでいる。確かに渋谷はラブホテルが多いイメージではあったが、まさかここまで軒を連ねているとは思わなかった。 予め決めていたかのように、2人は真っ白な外壁のラブホテルに吸い込まれていった。 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃があった。目の前から2人が消え、その場に立ち尽くす。自分は早川のために小一時間並び、5000円をはたいてプレゼントを買った。もしあの放課後、素直に自分が誘っていればこんな残酷なシーンを見ることはなかったのかもしれない。しかし断られていた可能性だってある。どちらにせよ自分は早川を手に入れるスタートラインにすら立っていなかったのだ。 カフェに立ち寄ることをやめて、佐竹は来た道を引き返した。不満、後悔、不安、今の佐竹に宿っていたのはそのどれでもない、ただの虚無だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加