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授業中も休み時間も、何もかも耳に入らないまま1日が終わった。黒板の真上にかかった壁時計を見て、ちょうど24時間前に早川が渋谷のラブホテルでセックスをしたのかと考えてしまう。もうこのまま鞄を窓から投げ捨て、後を追うように飛び降りてしまってもいい、そう思わせるほど佐竹の気分は沈みきっていた。 いつの間にか帰りのホームルームが終わっており、ため息を繰り返して佐竹は鞄を肩にかけた。 スニーカーを履いて校門から飛び出す。今日は夕方頃から雪が降り始めるらしい。濡れてしまわないように早く帰宅することを母親からも言われていた。 「佐竹くん。」 今の自分にとって最も聞きたくない声がかかる。振り返ることなくその場に留まると、早川が覗き込むようにこちらを見た。 「渋谷にさ、ミツクビのポップアップストアが出来たんだって。一緒に行かない?」 佐竹は予めポケットの中に入れておいたネックレスに手を伸ばした。昨日行ってきたばかりだ、ネックレスを買ってきた、言葉に出来るはずがない。にっこりと微笑む彼女は24時間前にどんな表情だったのか、早川を見るだけで苦痛に感じてしまうのだから、もう限界だった。 「うん、予定が合えば。」 逃げ出すかのように、勢いよく駆け出した。早川が自分を呼び止める声が段々遠去かっていく。しっかり話し合えば何か分かり合えたのかもしれない、しかし今の佐竹にとっては難題だった。彼女と話していたら体が溶けて消えてしまいそうに感じる。まるで防衛本能に従ったシマウマのように走っていく。もう彼女を見て淡い期待を抱くこともないのだと思うと、目尻から熱いものが零れ落ちそうだった。 電車に飛び乗って月島駅に辿り着くまで、佐竹は何も考えていなかった。ゆっくりと家路を辿って自宅に到着する。両親が仕事に行っていることに感謝した。1人でないと現実を受け止められない。 部屋の隅に学生鞄とブレザーを放り投げ、佐竹はベッドの中に潜り込んだ。薄い陽の光で少しだけ照らされた天井を眺める。途切れることなくため息が漏れて、妙に自分への苛立ちが生じた。もっと早く彼女に話しかけて親しくなれば、昨日早川の隣を歩いていたのは自分だったかもしれない。何故彼女からのアプローチを待ってしまったのだろうか。率先して自分が話しかけていればこんな思いをすることはなかったのだ。何度か舌打ちを繰り返す。佐竹は髪を掻き乱して行き場のない怒りを表現した。 何分が経過しただろうか。虚無感に包まれていた自分を呼び起こすかのような音が聞こえる。それがやがて窓に打ち付けられた雪だと気が付いたのは、少ししてからだった。丸い雪が街並みを写す窓に衝突して散る。ゆっくりと体を起こして窓の外を見ると、塀の向こうに福瀬が立っていた。
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