1/1

93人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

喧騒に満ちた教室は昨日の初雪の話題で持ちきりだった。自分はすぐに外へ出た、雪合戦をした、他愛のない会話が途切れることなく続いている。佐竹颯太は机に突っ伏してそれらをただ聞いていた。 自分はこの1年C組において2軍の立ち位置にいると考えていた。それなりにクラスメイトとも話し、行事があれば打ち上げにも呼ばれる。ただ一軍には勿論の事ながら敵わない。佐竹の後方で例の一軍が群れを成しているのを、聴覚のみで判断した。彼らも初雪の話題で盛り上がっている。寝ているフリというのも楽じゃない。自分でも面倒臭い性格だとは思っているが、話しかけて欲しい時と話しかけられたくない時というものが存在する。今の佐竹は後者だった。 机から離れて廊下に向かう。教室の壁沿いに陳列されたグレーのロッカーに手を伸ばし、教材を取ろうとした時だった。 「佐竹くん。次って数学で合ってるよね。」 声をかけてきた早川茜の方を見れず、自分のロッカーだけを見つめる。耳に響く嫌な金属音がして扉が開いた。乱雑に散らばった教科書を探る。数学の教科書はすぐ目の前にあったが、それでも探るのを止めなかった。 「そうだね。数学だよ。」 別の生徒とならくだらない会話だと一蹴してしまうが、佐竹にとって早川との何気ない会話は全て大切なものだった。この東和高校に入学してすぐ彼女に惚れ、もう季節は12月初旬。同じ図書委員会ではあるが、それでも会話は少ない。 「佐竹くんは初雪見た?」 そうか、彼女もこういったありふれた話題がしたいのだろうか。少し得をした気分のまま昨日を思い出す。日曜日であったために昼頃起床し、窓を開けたらベランダが真っ白に染まっていた。 「うん。降雪量凄かったよね。」 「本当にね、私今日マフラーつけてきちゃったもん。」 勿論それは把握していた。大きな赤いマフラーをぐるぐると巻いて、まるで梱包された人形のような姿で教室に入ってきた彼女を思い出す。一見地味な顔立ちではあるが、透き通るような肌に一切の激しい主張をしない整った目つきや鼻筋、全てが愛おしく思える。 「あ、もうすぐ予鈴鳴っちゃう。」 ロッカーから数学の教科書を抜き取り、早川は目の前に掲げて笑った。うまくリアクションが取れずに佐竹は微笑み返す。彼女との思い出がまた1つ刻まれた。 彼女は一体何軍なのだろうか。1軍の男女とも何の気なしに話すこともあれば、自分のような2軍とも素直に話をしてくれる。現代で問題視もされているスクールカーストのピラミッドを思い出した。1年C組にいじめはない。それは偏に1軍の男女による尽力があってのことだろう。物静かなクラスメイトとも良い距離感を保ってくれるのだ。佐竹はそれに甘えてはいるものの、これだから1軍には入れないのだろうと時折自分を責めていた。 予鈴が鳴り、初雪の話題を終えたクラスメイトたちが一斉に廊下へ雪崩れ込む。群れを掻き分けて自分の席に着いた。窓側の前から3番目の席、教卓前の席でノートや教科書の位置取りを決めている早川を見るには絶好のポジションだと再認識し、佐竹はまた机に伏せた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加