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「いつまで寝てるのさ。」 現実と夢の狭間で聞いた声は幼馴染の福瀬朱里のものだった。肩をばしんと叩かれて顔を上げる。日に焼けた福瀬の顔がそこにあった。 「何だよ、お前か…。」 「何だよとは何だ。もうお昼ご飯だよ。」 福瀬とは家が近く、赤ん坊の頃からの付き合いだった。やたらと大きな目に長い鼻筋、輪郭が大きいせいか、少し微笑むだけで大袈裟に笑っているような表情になる。鎖骨までかかった黒髪が内側に畝っていた。自分が1軍と気兼ねなく話が出来るのも、福瀬が1軍の中でも中心にいる人物だからだろう。 「どうする、一緒に食べてあげようか。」 薄い桃色の布に包まれた弁当箱を掲げ、福瀬は言った。確か1軍には皆誰もいない空き教室で昼飯を食べる文化があったはずだ。 「俺はいいよ、早く1軍部屋行けよ。」 「もー。また1軍とか言ってるの。」 ぶつぶつと口の中で文句を言いながら福瀬は去っていった。この時間も大切なのだ、机の横にかかった学生鞄から弁当箱を取り出して机の上に広げる。段に分けられた弁当は下が炒飯で敷き詰められており、2段目には冷凍のハンバーグやミックスベジタブルが並んでいる。小さな声でいただきますと言い、箸を手に取った。 早川も既に昼食を取っている。赤色の弁当箱を箸で啄くようにしている彼女の後ろ姿を見て、佐竹はハンバーグを一口齧った。食べ慣れたデミグラスソースの風味が口いっぱいに広がる。これは小学生の時から佐竹が好んでいた冷凍食品だった。親はいつまでも子ども扱いする。 「おい、先に食べ始めるなよ。」 同じく2軍の伊藤と葛城がこちらにやってくる。佐竹にとっては意外にも好都合だった。 3人は机を移動させて凹凸のある浮島を作り出し、世間話をしながら昼食をとった。だいぶ華奢な伊藤の向こうに早川が見える。目が合ったとしても言い訳が通じる距離感だった。 「お前いいよな、福瀬と仲良くて。」 葛城が黒縁の眼鏡を直して言った。彼の弁当箱には揚げ物が並んでいる。ここ最近彼には薄い肉がついていた。 「朱里がいいのかよ。あいつ多分彼氏いるだろ。」 「ほら。また下の名前。」 2人は度々自分たちを囃し立てる。佐竹は水筒を掴んで麦茶を口にした。ひどく冷えていて美味い。一息ついて言った。 「あいつとは幼馴染だから仕方ないだろ。」 仕方ないような感じでため息をつき、伊藤の後ろを見た。何人かの女子生徒に囲まれて弁当箱を片付けている早川の表情がうまく見えない。笑っているのか、悲しんでいるのか、怒っているのか。すぐに立ち上がって大勢の群れと共に教室から出て行った。昼のひとときも終わりだ、背にもたれて窓の外を見る。広々とした校庭には青い点のような生徒たちが溢れていた。ブレザーを脱いでネクタイを緩める。雪が薄く積もった校庭に駆け出していく福瀬たちが見えた。1軍は犬、2軍や3軍は猫ということだろう。弁当箱を片付けて丸くなるように佐竹は机に伏せた。
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