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散り散りになった生徒たちが帰り支度を済ませ、廊下に溢れている。佐竹は赤い手袋を嵌めて教室から出た。下駄箱に向かってスニーカーと上履きを交換する。 校門までの道のりは踏みしめられた雪の絨毯となっており、表面の大半が黒ずんでいた。 「あ、佐竹くん。」 自分にとって現在最も敏感になっている声が聞こえ、佐竹はなるべく時間をかけて振り返った。まるで真っ赤な壺から顔を覗かせているような早川がこちらに駆け寄ってくる。 「一緒に帰ろうよ。」 まるで神からのプレゼントだった。高嶺の花、絶対に手が届かない真っ白な宝石、それが今自分の隣で輝いている。冷静を装って佐竹は鞄を持ち直した。 「手袋、可愛いね。」 中学生の時から使用している古いものだった。手の甲には小さな鹿のシルエットが浮かんでいる。佐竹は心の中で母親に感謝していた。 「まぁ、俺が選んだわけじゃないけどさ。」 うまく言葉を繋げずに歩いていく。最寄駅に辿り着いて、2人は並んだまま改札機に定期を翳した。 電車を待つホームに並んで立ち、佐竹は辺りを見渡した。誰かが見ているかもしれない、人はいつまでも自分を隠したがる。自動音声のアナウンスが電車の訪れを言った。 「あのさ、佐竹くん。」 一度だけ彼女に視線を送り、すぐに逸らす。遠くの薄暗い穴から車輌の明かりがこちらを照らした。やがて唸るように駆けてくる。ふと彼女を見て、佐竹は視線を逸らせなかった。こちらを見るつぶらな瞳が駆け抜ける電車の風によって前髪の内側に隠れる。早川は予想外の言葉を口にした。 「好きな人っているの。」 キラーフレーズ、言葉のナイフ、甘美な太刀。どちらにせよ佐竹の首は彼女の一言で撥ねた。血飛沫が舞うことのない介錯である。ゆっくりと電車が動きを停めていくと、早川は両手を前に組んで言った。 「いや、あのさ、ちょっと気になるなぁって。」 もしかしたら彼女は自分のことを好きなのかもしれない、そんなあやふやな希望が心の中で出しゃ張る。押さえ込むように佐竹は言った。 「まぁ。いるかも。」 「そっか。」 言葉少なに立ち尽くす。大袈裟な音を立てて扉が開き、2人は同時に乗り込んだ。それから何の会話もなく、池袋駅で早川は降り立った。大袈裟な音を立てて動き始める有楽町線の中で吊革を掴んだまま、佐竹は緩みきった口元を堪えられなかった。
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