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各クラスに2人と決められた図書委員会は、週毎に当番制となっている。あくまでカウンターに腰掛けて本の貸し出しを承る仕事内容であるために、その他の業務は教員が行っていた。昼休みと放課後に拘束されるものの、早川と2人きりになるため佐竹は胸が躍った。 「今日は人来ないね。」 放課後の図書室は数人程度の利用客しかいない。高校生が図書室を利用する理由としては、自主勉強程度である。背もたれに体重を預けて佐竹は言った。 「結構ここ暖かいんだけどね。」 ぐうーんと低く唸ってエアコンが稼動している。生暖かい風が図書室の中に充満して、徐々に眠気を誘っていく。大きくあくびをして佐竹は学生鞄を手に取った。もう少しで期末テストが始まる。ワイシャツと同色の水縹色を写し出したノートを取り出し、筆箱を真横に置いた。横に長いポーチのような筆箱のジッパーには、佐竹が好んでいるアニメーション作品のキャラクターが吊るされている。シャーペンを取り出そうとした時、早川が小声で言った。 「佐竹くん。これってミツクビの狗城院天晴だよね?」 黒を基調としたロングコートのような服に身を包んだキャラクターが縮んで浮いている。ミツクビという作品は侍と災害をテーマにしたアクション作品だった。 「そうだけど、知ってるの?」 同じく小声で答えると、早川はぱぁっと表情を輝かせた。無邪気な少女のように思えて胸の奥が締め付けられる。今まで2人の会話にこれほどの笑顔はなかった。まるで慌てているかのように学生鞄を膝の上に置くと、物を盗むかのように鞄を弄る。早川が手に取ったのはクリアファイルだった。主人公やその仲間たちが描かれている。 「私も大好きなの。つい最近知ったんだけど、狗城院が推しなの。」 思いがけない収穫だった。狗城院というキャラクターはかなり粗暴な性格ながら主人公の人生観、戦い方に多大なる影響を及ぼす兄貴肌といった感じだ。少しだけ声を大きくして言う。 「弓波とかじゃないんだ。」 「もちろん弓波もかっこいいし、作中だと一番強いけど、狗城院が主人公を気にかけるシーンが大好きなの。ギャップ凄いと思わない?」 眉尻を下げて真っ白な歯を剥き出しにしながら早川は言った。同じ趣味を見つけた者は強力な結束を結ぶ。その嬉しさは佐竹も同じだった。 それから2人は利用客が少ないのを良い事に、ミツクビの話題に花を咲かせていった。今後どういう展開になっていくのか、主人公に隠された謎とは、黒幕は誰なのか。男友達とでも十分盛り上がる話題だが、彼女と話し合うことで全てがアップグレードされたように思える。 かなりの盛り上がりを見せたところで、早川は椅子の背にもたれた。しなやかな黒髪が揺れる。薄くシャンプーの甘い香りが漂った。 「いいなぁ、私もグッズ欲しい。どこに売っているのかな。」 専門的なグッズは都内に期間限定で登場するポップアップストアでしか販売されていない。来週の日曜日に渋谷で開かれる予定だった。 (来週の日曜日、渋谷のポップアップストアに行こうよ。) 8ヶ月も恋い焦がれている彼女を初めてデートに誘う文章が頭の中に浮かぶ。しかし佐竹は思い留まった。一緒に買いに行くのはまた次の機会にして、彼女のために狗城院天晴のグッズを購入してサプライズプレゼントにすればいいのではないか。恋愛経験が少ない自分にとって、彼女と距離を詰める最大の方法だと感じ、佐竹は唇を内側に仕舞い込んで微笑みを殺した。もしかしたらこれをきっかけに早川と交際することができるかもしれない、そんなあやふやな期待を抱き、ストラップを握って筆箱を開いた。
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