◆1

2/6
1601人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
 しちゃ、しちゃ、と卑猥な音が部屋中を埋める。蛆虫が血管をはいずりまわる。    顎を下げれば直ぐそこには、ワックスの茶髪、皺だらけのシャツ。彼が口に含む度に自分の胸は縮みあがる。こんな行為をされるがままにされてること自体が、信じられない。   「気持ちいいでしょ、重山(しげやま)さん。イイ顔してる」    胸元から顔をあたしの正面に戻した男は、   「うぐうっ」    ヤニとアルコール。生温かい気持ち悪さが口内に侵入する。嘔吐物でも飲まされてる。奥に引っ込めても執拗に絡め来る舌。こんなに不快で気持ち悪いものをあたしは知らない。    両手は絶えず直に乳房を撫でまわす。奴の唾液いっぱいに濡れている事実に気づき、また一つ悪寒が走る。   「すげえ、柔らかくなってる。自分で分かります?」    今すぐ吐きたい。白む意識、舌を噛み切りたい。   「俺の、こんなんなってんの」    右手を下方に持ってかれ、恐怖のあまり上を向いた。と、強い視線を感じる。顎をそり返して向こうを見ると、目が合った。    この場を覗き見している男と。   「生で触って下さいよ、ほら」    かちゃかちゃ、とベルトの外れる音。ガラス戸は閉じた。だが離れないすりガラスの影。    屈辱と羞恥と死にたいが埋め尽くしたその時――   「たっだいまー」    玄関先から声が割って入った。途端、男はあたしの上から退いて、身支度を整え始めた。   「おかえりぃ、サキちゃーん」    先ほどとは打って変わった声色で、返事をした。    つい先ほどまであたしを犯しかけていた男が。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!