靴を修理する男

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 翌日、長谷川が店の袋を下げてやってきた。  松本はいち早く長谷川の元に寄ってゆく。 「長谷川様いらっしゃいませ。もしや、うちの鈴木が何かやりましたか?」  自分に自信のある松本は非は他にあると考える。自分以外に携わった鈴木の名前を出したのだ。  長谷川は笑いながら、鈴木に別件の用事があると言った。 「鈴木くん!」いきなり鈴木に向かって親しげに話しかけると、持ってきた紙袋を差し出した。「昨日言っていた、靴を持ってきたんだが、ちょっと、みてもらえないかな?」  鈴木は袋を受けとり、中身を取り出した。  底の薄いフランス靴だった。繊細な革は芸術品のようで、美しい緑色をしていた。店で売っている靴よりも何倍も上等な逸品だった。   「なるほど、これは美しいーー」 「そうなんだが、いかんせん靴底が……」  裏を返すと革にカビが生え、ひびわれを起こしていた。修理は、靴底、つまりはソールの全面張り替えだと思われる。街角のクイック修理では、とても手に負えるレベルではなかった。 「高い修理代の割りに直しが今一つのところが多い。靴をこよなく愛する君なら、何かわかるかと思ってね」  聞けば、長谷はハワイのセレクトショップで買ったものだという。日本の湿気のせいでカビが生えたのだ。    市場に輸入靴は出回っているが、腕の良い修理屋は少ない。鈴木が持ち込んでいる職人も先ごろ引退し、新しい修理屋を探している最中だった。 「一度、預からせてもらえますか?」  結局、鈴木は店で預かることにした。  その日一日中、松本は不機嫌な態度を取り続けた。自分の成績に繋がらない面倒を背負い込みたくないのが、あからさまに態度に出ていた。 「あんなスタンドプレーありかよ。次々持ってこられたらどうするつもりだ」  松本はこれ見よがしに独り言を呟いた。  閉店後、店長は鈴木の言い分を尋ねることなく、一方的に要件を伝えた。 「鈴木さん、ずいぶんと厄介なことを引き受てくれましたね。会社としては自社製品以外の修理は受けないのが決まりです。何かあっても責任とれませんからね。ベテランだからって、勝手な自己判断は困りますよ。お客様へは適当な理由をつけて、お返しして下さい」    ベテラン、ベテランと慇懃無礼にもほどがある。自分のうんちくが邪魔なのは理解できる。けれど、今まで、長谷川様がどれだけの金を落としていったのか判って言っているのだろうかーー  だが、鈴木はその言葉を呑み込んだ。言ったところで変わらないのだ。  理想を求めるなら会社を去り、自分の店を持つしかない。だが、そんな金も勇気もなかった。  鈴木は一人残ってどうするべきか考えた。選択肢の中に“修理を断る”は断じてなかった。一度引き受けたのだから、最後まで誠意を持って事に当ろうと誓った。    
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